73「五十年目の日章旗」

9.10mon/2007

★インパール作戦

中野孝次「五十年目の日章旗」(文春文庫)を読む。

愛犬の死を描いた著者の新田次郎賞のエッセイ「ハラスのいた日々」は、我輩も犬好きだけれど、犬に服を着せるほどの愛犬家(?)ではないゆえ(中野サンは着せてなどいないとおもうけれど)、エッセイに描かれているほど動物に執着する気持ちに同調できずして、好みの作家じゃないと思っていた。
が、本書裏表紙の解説に「インパール」の文字があったゆえ購入。

小学生の頃、小林正樹監督の戦争映画大作「人間の条件」を親に連れられみたのが我輩の人格形成に大いに影響したのはいま思うに疑いのないことだと思う。日ごろ大言壮語する、もしくは口先のうまい人間ほど信用できず、組織はいとも簡単に個人をないがしろにするものだということをこの作品で教えてもらったようなもの。

以後、戦記関係の書物を読むなかで、第2次大戦時の「インパール作戦」は戦後生まれた者としても最も腹立たしい、無謀極まりない作戦のひとつとして記憶していた。

本書は戦後50年目に、そのインパール作戦で亡くなった兄の名を記した日章旗が見つかったという事実にもとづいて、作者が当時を回想したノンフィクション。

★高木俊朗さん

「現地軍に対する参謀どもの態度、司令本部にのほほんといる牟田口どもの態度を読むたびに、憤激のあまり血が逆流する思いに駆られた」とは、「インパール」や「特攻」を我輩に知らしめてくれた、作家高木俊朗さんの言葉。

戦争末期の昭和19年3月、ビルマからインドまでの2,500メートル級の山々と大密林を5万の将兵で踏破。50日でインパールを陥落させるという牟田口中将率いる参謀本部の計画は、たった20日分の糧食と弾薬のみの軽装で補給はなし。後は敵の糧秣弾薬を奪いつつ進軍させるというもの。現地司令官たちの強固な反対にもかかわらず、牟田口たち参謀個人の強烈な名誉欲、権勢欲から強行されたという。

結果、作戦は失敗。
ようやく出された7月の後退命令(それでも銃火器は捨てるなとされ)以後、敗走は9月までつづき、作戦期間50日をはるかに越える半年もの間に、8割もの将兵を消失。その大半は後退命令以降に生じ、雨季で増水、渡れなくなったチンドウィン河に至る山道は餓死、戦病死した累々たる死体で埋まった。後に白骨街道(1日千ミリもの豪雨と酷暑、小指大のハエのおかげで死体がまたたくまに白骨化し)の名でよばれることになる。

その無謀な作戦を生み出した牟田口中将は、「五十年目の」でも各所で痛烈に批判されているが(墓からひきずりだして鞭打ちたいほどの怒りを覚え、など)、、当の本人は作戦後なんの責任とることなく本土に帰還。陸軍士官学校校長に栄転。そして戦後17年間、作戦の功を主張しつづけ生きながらえたことに対し、著者はさらに「人間としてもこれは最も卑劣な将軍」と斬って捨てている。日本人にとって恥を知るということは、何世紀以来最高の倫理規範であったが、現在の日本人の責任をとらぬ心性をみると、日本は戦後50年経って本当の敗戦を迎えた、人間としての誇りを失い、倫理的に堕落したことで真の敗北を喫した、とかつての軍(古くは乃木大将の人海戦術での旅順攻略)によって醸成されたその無責任と恥知らずな心性が現在の政財界人をはじめとする日本人に受け継がれていると結んでいる。

陸軍内務班での著者の軍隊生活の実態ふくめ、一個人のインパールでの死までの軌跡を描いて読み応えはあるけれど(未読の方は高木俊朗さんの著書をまずお読みすることをおすすめ)、残念なのは併録されているエッセイ「スタンド」の三分の二の文章が「五十年目」の焼き直しであること。これでまた中野さんの評価が下がってしまった。
「スタンド」は、筆者が出征前の兄にもらった商品券で買った電気スタンドの話。残された兄嫁とその娘の後日談が描かれている。

★余談

本書解説者の大石芳野さんが「昔、日本の特攻隊をテーマにした白黒フィルムの映画を見た。題名もストーリーも覚えていないが、決して忘れられない台詞があった。特攻隊のその部隊の指揮官が、不安の色を隠せない若い部下に次のような意味のことをいっている。心配するな、若い男はまだまだいくらでもいる」と書いていた。
当初ドキュメンタリー映画のことかと思ったが、これは1953年の映画「雲ながるる果てに」(鶴田浩二、木村功主演)で、上級将校たちが成果のなかった特攻の知らせを聞き、「思ったよりいかんな」「まだまだ技量が未熟だ」という会話のあと、岡田英次扮する将校が「なに、特攻隊はいくらでもある」と言い放った台詞のことではないか。いくらなんでも死を目前にした特攻隊員の前で公然とこんなことをいえばただではすまなかっただろうと思うのだけど。

★「今夜の名言!」

「あいつらの言う国家とは、結局、てめえだけのことではないか」
「何万人もの兵士が餓死しても、すべて、国のためだと言って、平気なのだ」

9/5 朝日新聞の素粒子(古山高麗雄「フーコン戦記」抜粋)より。
この作品、読んでなかった。早速買いに行こうか。

「五十年目の日章旗」完

<戻る>