86「2008 我孫子より初発信」

2.20wed/2008

みなさん、おひさしぶりです。
「墨丸亭綺譚」再開です。

★オープンまでの経過

さて、昨年12月15日(土)に千代田「呪われた町」から住吉・我孫子に移転。
予定では五日後の20日(木)新規オープンのはず。
が、タヌコも工事責任者のKクンも引越屋さんも「ムリやでぇ〜」
店内入口までうず高く埋め尽くされた引越荷物(実際は屋外まではみだし)、とてもじゃないけど片付けきれず、タヌコいわく「千代田では三人で一週間以上もかかったのに一人でそれ以内で片付くはずないやん!あんたって時々ヘンやね」
そう今までのブレーン、他の仕事で忙しく今回は我輩一人での作業。
いま思えば我輩、血迷っていた。いや、我輩の人生、血迷ってばかりだが。

では9日後の「イブの24日に」、さらにどうしようもなくなり「25日に延期・・・」しようとしたその時、「アッ、28日はわしの誕生日や。25日やめて28日オープンにしよう。ならば創業日忘れんし。楽勝や。あせったらろくなことないしなぁ」
しかし、工事担当者のKクン「え、それまでに片付くん?」
我輩思わず、「あほか、あと三日もあるんやで」と笑い飛ばしたまではよかったけれど・・・彼が正しかった。

★オープン日

引越から13日目のそのオープン当日、28日金曜。
「もう正月明けにしたら?」とのKクン意見無視し、未処理ダンボール厨房に無理やり押し込め・・・かつて、キャバレーほどの広さのバーで我輩ただ一人、次から次への注文にパニックに陥った悪夢に、二、三度うなされたことあったけれど、それが現実に・・・。

オープン直前にライム、レモンのケース見当たらぬことに気づき、土砂降りの雨ン中、近所のスーパーに行くとライム売っていず。こんな雨やから、ま、お客サンもこんやろと、店まで戻り車で長居のライフまで。で、戻ってこれたのはオープン時刻の18時すぎ(いまは19時から)
レインコート姿で入り口にたたずんでたのは、例によってこんな日に一番乗りの墨丸会員306号白石温泉クン・・・。

ソルティドック注文され、塩が見つからんかったのもこの夜で、缶切り栓抜きなど見当たらぬたびに買いに走り、缶切りなんか三本も溜まってしまった・・・。

ま、悪いことばかりじゃなく、千代田店でオープン以来の常連サンながら互いに一度も顔を会わすことがなかった某大学のM先生と、日本の山城の存在をお教えくださった某役所のYサンが偶然この夜初めて同席。
また、今年の運勢「再会の年です」の通り、「え、この方が!」というような方々が来店くださったり、我孫子商店街で「アッ、マスターこんな所でなにしてんの?!」と、かつてのお客サンたちから声かけられたり・・・。

★その後

オープンまでの間、墨丸の番頭、丁稚と称する墨丸会員諸氏が常連サンたちに「オープン延びました」「また延びました」と、随時一斉メールしていただいて・・・すみませんでした。ありがとうございました。

翌年1月7日(月)もいつものように朝から店の整理し、とりあえず厨房使えるようにせねば料理ができぬとこの夜臨時休業しての作業続行。
こんな夜に限って千代田より焼鳥「まるきよ」の大将らご来店。ああ、座るとこもなくってすみませんでした・・・。
ダンボール群その底からはるか後日姿を現わしたワープロでメニュー作成できたのが1月の16日(日)
入口脇のメニュー看板作成が翌17日。

なんと引越以来一ヶ月も片付け等に要し、その間、帰宅できたのは正月2日と免許更新手続き最終日の1月28日のみ。
そしてこのパソコン接続が、2月の12日(火)。

ま、そのかいあってか、92年創業以来今までの四店のなかでは規模、雰囲気ともに最も「お気に入りの店」に。
今後の課題は「壁面の色の変更」「カウンターの拡張」「屋外テントの張替え」でしょうか。アッ・・・借金返済、忘れてた・・・。

そうそう、お昼の「ランチ」も予定が、みなさん「モーニング」を希望される方多く、現在平均午前4時閉店の状況では共にスタート未定の状況。
そしてこうしての本日20日(約2ヶ月要したわけですが)ようやく店内飾りつけも完了いたしました。
我孫子店へのみなさまのご来店、お待ちしております。



そんな作業の日々、店のソファベッドで眠りにつきながら読み終えたのは、以下の小説類。

★「今夜の本!」

「セル」(スティーブン・キング。新潮文庫)
携帯電話を使用していた人々がなぜか一瞬にして狂気に陥り世界が崩壊するというキングの新作。以前紹介した著者の「ザ・スタンド」の焼き直し的展開で、評価は、ふつ〜の3/5。

「そして殺人者は野に放たれる」(日垣隆。新潮文庫)
多用されすぎる刑法39条二項心身耗弱による無罪判決の理不尽さを暴いた第三回新潮ドキュメント賞受賞作品。文庫化されてようやく手にすることが出来た名著!4/5。

「死人を恋う」(大石圭。光文社文庫)
引きこもりの青年が集団自殺の現場に出くわし、その一人の美少女の死体を持ち帰って・・・という、生身の人間とのかかわりが出来ぬ青年を主人公にしたホラー。引用されている古今東西の死体愛好の実例など興味深かったけれど、「人間の深い業を描き、戦慄の世界へと誘う衝撃の書!」はちと大げさか。3/5。

「受城異聞記」(池宮彰一郎。文春文庫)
非情の幕命により厳冬の北アルプスを越え隣国の城接収に向かう加賀前田支藩二十四名の運命を描いた表題作の短編は長編で読みたいほどの異色作。「八甲田山 死の彷徨」の時代小説版ですか。
巻末の傑作中篇「けだもの」は町奉行所の役割など目からウロコ的に教えられ(俗に「背中に皹(ひび)を切らした者」と、廻り方同心を言いあらわす。真冬に水仕事をすると、掌指の甲がカサカサになってひび割れるほど寒風に身をさらさないと一人前にならぬお役目、などね)、またよくいわれる「お尋ね者」というのは、「五逆」(主、父、母、祖父、祖母殺し)の大罪人で、ただの人殺しでは「お尋ね者」といわず、お尋ね者になると人相書きが廻り、並みの人殺しなどでは人相書きを触れまわす事例がなかった、なんてことなど知らなかったことばかり。かつ物語としてもこの作品集のなかで突出。前述「そして殺人者は」と読み比べると、かつての刑法の方がはるかに人間味があったようにも思えます。
この作家は「四十七人の刺客」でデビューされたとき、読まずして「ああ、忠臣蔵かぁ」とさして気にも留めなかったンですが、今回あとがきで傑作時代劇「十三人の刺客」「大殺陣」の脚本家と知りかつこの作品集で一気にファンになりました。4/5。

「リアル鬼ごっこ」(山田悠介。幻冬社文庫)
王様の命令で、全国500万人の「佐藤」姓の人々をゲームで絶滅させていくというベストセラー小説。「なに、コレ。マジ?」の違和感が「あとがき」で判明。二十歳の少年の、もとはといえば自費出版小説ではないか。冒頭からの文体が「これはワザとだろうか」とガマンしつつ読みすすみ、それが最後まで。中学生文芸部の作品を手にした気分。すごい世の中だ。こんなのが本に、ましてやベストセラーになるなんて。2/5。

★「今夜の名言!」

「架空経験を学ぶ空気が希薄になると、日常に残酷さが浸透する」

産経新聞2/18掲載の曽野綾子さんのエッセイから。
11日に起きた東京足立区の一家無理心中事件をとりあげ、父親が息子の両手首を切り落とすという所業に対し、「人間がどれほど、残酷にも優しくもなり得るかということは、私たちは未経験の分野として「学ぶ」ことで、その架空経験を習得する。両手首を切るということが、どれほど生きながらの苦しみをわが子に背負わせることになるのか(中略)、知らないということは恐ろしい。考えてみたこともない、というのは一種の体験と心の貧しさである。そのための教養というものを、昔は親や周囲も持つように勧め、若者自身も、なんとなくその必要性を感じていたものだが、今は若い人たち自身が、漫然と時間を携帯や漫画やテレビゲームに使っていても、自分自身不安も覚えないし、親も周囲も何も言わなくなってしまっている」とし、上記の言葉で締めくくっていました。

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