115「墨丸の由来」

10.17fri/2008

★「墨丸」の由来

さて、前回のサブ店名「hona」の由来に続き、今回は店名「墨丸」のお話。

昨夜来られたOクン、ここではОクンと呼ぶ。
いまだお名前を伺っていないので、店の伝票には弟サンと記している。彼の兄さんもお客さんなので。
そのОクン「スミさん、『墨丸』ってどういう意味なんですか?」
「う〜ん、いっつも問われることでめんどくさくなって最近色んな答え方してンねんけど(失礼)、ちゃんと答えましょかぁ?」

で、「ほな」の由来も記したことだし、今まで述べなかったこと含め、改めて整理しここに記しておきましょうか。

★二十歳の頃

う〜む、あれは我輩が二十歳前後の頃。
就職してしまうのがイヤで、今で言うフリーター生活送ってた時代(フーテン時代とも言う)。金がないゆえ睡眠薬をアルコールで流し込んでは酔っぱらっていた時代。
そんな生活しつつも、「将来就職するとき、履歴書に書けることナンカしとかなあかんなぁ・・・」と(この辺はカシコイ)、某劇団に所属。
そこでのとある女史劇団員に、「この作家の小説、読まれたことあります?」と。

当時は我輩、生きる意味を模索しての、日々悶々とした青春真っ只中。
読むのは人類滅亡テーマのSFか石川達三、野坂昭如、太宰治、読みやすいコリン・ウイルソンの新実存主義本ばかり読んでいて、そんな時代小説作家なんぞ、「いや〜、ぜ〜んぜん興味ないわ〜」

★二十歳半ばの頃

時は流れて二十歳半ばの頃、運良くなりおおせたサラリーマン時代。
なぜその作家の本を手にしたのか今はもう思い出せないけれど、南海高野線の通勤電車内で読んでいたのが、劇団員に教えられたその作家、山本周五郎先生の作品、短編集「おさん」
男なしでは生きられぬ女と江戸職人との悲恋物語。で、車中「う〜ん、今日は半休して喫茶店で続き読も〜!」と決めたら、短編ゆえ乗換駅の新今宮で読み終えてしまっていた・・・。

それからだ。
作家山本周五郎にはまってしまったのは・・・。

★三十代の頃

転職し、東京出張が多くなった30歳代。
ヒマができれば神田の古書店街で、彼の全集未収録作品集を買い集める日々、ふと気づいた。
すでに山本さんは67年に亡くなっているのだ。う〜ん、これらを読んでしまうと、もうこの「感動」に出会えないではないか?
以来、もったいなくて、今は先生の作品を読むのを止めてしまっているほどなのである・・・。

その先生の名作の1冊、古き良き日本女性を描いた「日本婦道記」に、短編「墨丸」が収録されている。
薄幸の少女お石は鈴木家の養女となる。鈴木家の嫡男平之丞とその友人たちは彼女の色の黒さから墨丸とあだ名していたのだが・・・女性の一途な思いを描くこれも悲恋物語だった(この頃は我輩、恋愛至上主義者。恋に恋する時代であった)

★42歳の時

で、42歳の時、突如脱サラ。
高校時代から喫茶店経営を夢見ていた我輩だが、すでに喫茶店ブームも過ぎ去っていた
で、始めたのが「はしごするサラリーマン、彼らがはしごせずとも一軒で済ませる店を」と、コーヒーから日本酒、軽い食事、洋酒、〆はラーメンと、すべてが賄え、一日歩き回った革靴脱ぎ捨て、素足でくつろげる店を」と、13坪の酒場を開店することに。

さて店名を決めねばならぬ。
当初は、フォークナーの作品から「サンクチュアリ(聖域)」(ミナミに同名の美容室発見であっさり除外。ま、横文字にはもともと興味はなかったが)や、堀内大學の詩集から「月に吠える」「月下の一群」なども考えて結局、我が永遠のヒロイン像「墨丸」と我が姓の一字「住」を重ね合わせての店名に。これが42歳の時・・・。

山本周五郎先生亡き後、黒岩重吾の西成モノや夏樹静子、重松清、浅田次郎の短編などに涙はしたけれど、やはり素直に涙できるのは今のところ先生の作品以外にはない・・・。

ちなみに(以前にも記したが)、当店名を「黒土」「丸墨」「墨」、はてはアダルト女優名の「豊丸」や「睾丸」と呼ばれる方々、この機会に正式店名覚えてくださいね。

「墨丸の由来」完

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