148「高野山たどり着き隊物語ぁ廖扮れ里篇)

8.3mon/2009

★樅の木屋敷

しかし、この地は闇の暗さだけが怖ろしいのではなかった。
あの山道で我輩は、不可思議なことに遭遇してもいるのだった・・・。

前回はここで終わった。
が、振り返れば闇夜のことばかり綴ってきたので、この村のイメージがもうひとつ理解できないのでは?で、「不可思議なこと」を記する前にこの「村」について補足しょう・・・。

道が開けていなかった頃はまさに、「隠れ里」
以前記したように、この村にたどり着くには奥の院裏手から標高約千メートル近い摩尼山を越えるしかなかった。
我輩が物心ついた頃は十数軒の民家が急な山肌に点在。杉木立の間に見え隠れするいくつかの屋敷址の石垣も見受けられた。
そのひとつについて祖父に、「あんな所にも家あったん?」と聞いたことがある。
祖父いわく「マサキ、よ〜聞いてくれた!」

そこは「樅の木屋敷」と呼ばれた家の跡だった。
むかし、ある夜のこと。「ドーン!」という異様な音が祖父の家まで響き渡ったという。祖母が「なんの音?」と思った、翌朝判明。
そこでは賭博がひらかれており、その夜、旅人に妻を寝取られたことを知った主人が、寝ている男の頭を大鎚で叩き割った音だったとか。
で、その屋敷は誰も住まなくなり・・・。

★六百年?

祖父の家はそんな村の中心地にある。
かつてNHKが「この地になぜ村が?」との取材に訪れた際(この時代、ビデオ機器もなく番組未見)、スタッフが祖父に「この石垣の石はどこから持ってきた?」と尋ねたほどの、山奥にしてはの石垣上に祖父の家は建てられている。
その石垣にくい込むようにそびえ立つ杉の巨木は樹齢六百年というから、釘を一本も使わず建てられたというこの旧家は六百年前から存在していることになる。
子供の頃、祖父が石垣の上から目の前の山々指差し(コレはウソだろ)「マサキ、ここから見える全てがうちの土地やった・・・」と。
(先の取材時、スタッフが祖母に「石垣の階段を下りるシーンを撮りたい」といわれ、足が悪いのに苦労して下りたのに放映されなかったと怒っていたことをも思い出した)

そんなこんなで一時、県の文化財に指定されそうになったそうだ。
そのことは台風で藁葺き屋根が飛ばされ立ち消えになったが、「されそうに」というのは祖父いわく「あんなモンに指定されたら管理するのが大変やった・・・」
石垣もその後、クルマが入れるよう道を新たに作ったため半分の高さまで埋められてしまった。人一人しか通れぬかつての小道は、残った石垣を横切っていまも残っている・・・。

★十字架

人里離れたこの村の過去は、祖父いわく「隠れ妻の里という説がある」
つまり、女人禁制の高野の坊主が女達を住まわせていた村ではないか、というのだ(ならば我輩にもその淫靡な血が?)
ほかに「山賊の村」(ま、子孫の我が性分から思うにこの説がピッタリ)や「平家の落武者部落」(サラリーマン時代の私のあだ名は「殿下」だった)とか。
実際、村の奥には「たいら屋敷」という名の屋敷址があり、発掘すると当時の陶器などが出土すると聴いた。

囲炉裏を囲みこうした話を祖父から聞く際、我輩はいつも蔵の木扉にもたれて酒を飲んでいた。
この蔵は「内蔵」といい、囲炉裏のある居間に入口がある。両脇には分厚い漆喰の扉が折りたたまれてい、木扉を引くとガラガラという音が。これは泥棒よけのため扉の下に算盤を敷いた算盤戸といった。
あるとき、なにげなく扉をみた我輩が気づいたのは、その取っ手。

「おじいちゃん、これ刀の鍔ちゃうん?」
そう、取っ手に日本刀の鍔がはめ込まれていたのだ。
「マサキ、よ〜聞いてくれた!それよう見てみ」
「ふん?なにこれ?山の形の線、彫られてるやん?」
さらに見てみると、その三つの山の真ん中のひと際高い山の頂上に十字架が彫られているではないか。それもそれらの線は銀?
「これ、十字架やんか〜!」
「そう、刀の鍔の裏なんぞ誰もみない。で、この里は隠れキリシタンの村という説もある」

これに似た話がある。
祖父の屋敷の下に「如意輪観音堂」という堂址があった。
子供の頃は穴だらけの床と柱、そしてかろうじて屋根が残っている程度の廃屋。いま思えばどうしてお堂が廃屋になどなったのか聞いておくべきだった・・・。
我輩が成人した頃に再普請されたが、当時はこの堂址で缶蹴りや探偵ごっこをし、床下などに隠れたものだ。
後年の普請の際、この屋根裏で柄に真珠が埋め込まれた、いつの時代のものかも分からぬ布に包まれた短刀が発見されたそうだ。
でも、誰がどんな理由でその小刀を屋根裏に隠したのか、ゾクゾクするほどのロマンを感ずるのは我輩だけではあるまい。
(ここまででしんどくなってきたンで、またつづく・・・)

★「今夜の本!」

村上春樹「1Q84」(新潮社)読了。
・・・ページめくるたびに「この紙、上質すぎるなぁ」とか、「オーウェルの「1984」読んだ頃は84年ってずっと先のことやなって思てたな」とか、本書を取り上げたテレビ番組出演のハルキファンのスーツ姿の男が、バーの片隅でシガーをくわえスコッチ片手に足を組んだ、「ええカッコしぃ」的に本書読む姿が終始ちらついたりするほど、没頭できぬストーリー展開。

読み始める前、新聞各紙の紹介記事読んでも傑作なのか否かも分からぬ内容ばかり。で、ようやく最近の新聞広告の評に「久しぶりに、沁み込んでくるような村上春樹だ。今3回目を読んでいるが新鮮さを失わない云々」とあったけれど、読後のいまは信じられぬ、この内容で3回なんて。

前半のプロットや女主人公の青豆なんてネーミング、個性的な脇役は印象的。で、それらのつながりで読み終えたが、総体的に「消化不良本」か。続編、あるのかもと思った。
鳴り物入りでのこの発売ほ、厚顔無恥?ノーベル賞候補ゆえ誰も「駄作」といえないのだろうか?評価3/5。

「高野山たどり着き隊物語」つづく

<戻る>