279「屋根裏という名の城 」(バスタオル)

10.2thu/2014

★バスタオル

学生時代、民家の屋根裏に下宿していたことがある。
名づけてその部屋、「屋根裏という名の城」

大家の後家のおばさんは「意地悪ばあさん」的様相で、その部屋に住んでいた先輩から「あの大家の下宿はおすすめでない」と聞かされてはいた。
けれど、他の下宿先は何人もの学生が起居する寮的家屋で、嫌・集団生活の我輩、授業終えても交わらねばならぬ生活などこれはもう論外。
で、その屋根裏部屋を選んだわけであるが、その後家おばさん(「おばはん」と呼び捨てしたいが我が品位が邪魔をする)、まさに性格も「意地悪ばあさん」であった。いや、ケチでもあった。

隣室との壁はベニヤ板一枚で、残り二部屋には勤め人の女性と他校の男子下級生がそれぞれ住んでいた。
その四畳半ほどの我が部屋には今の時代と違いテレビも暖房器具もなく、でも真冬は紀州南部という温暖な土地柄かつ屋根裏という空間ゆえか、真冬にガタガタ震えながら眠ったのは2〜3週間ほどだったか。

そんな生活で今でも苦々しく思いだしてしまうのが、真冬の洗濯。
小雪ちらつく庭先で、タライと洗濯板、そして冷水での洗濯なのだった。
両親の束縛から逃れての下宿生活の日々は勉学など一切せず、映画館廻りと授業思い起こさせる文学作品以外の読書、部活での芝居のセリフ暗記、恋に恋する生活に終始といっていいほどで、この自由奔放な生活を得られたことに比べれば、この洗濯苦行、まぁ十分我慢できることではあった。

ひび・あかぎれの指先に真冬の水が凍みるつらさ我慢しつつの洗濯中の我が目前の縁側では、近所のおばさんと談笑する後家おばさんが。
しかし後家おばさん、我を見る横目は笑ってなどいず、その傍らにはピカピカの洗濯機がデンと置かれていた。
「冷たいやろ、洗濯機使いや」なぁんて言葉を待ち続けたのは初回の一度切りで、その後はもう望みもせずあきらめ、部屋に帰るなり唯一の温かい器具、湯沸かしポットの蒸気に手をかざしていたのだった・・・。
ま、後家おばさんの数々の「ケチ」な嫌な思い出ではもう脳裏から払拭したけれど、この洗濯のことだけは忘れたくとも忘れられぬのだった・・・。

そんな苦行ともいえる洗濯作業で、特に辛かったのがバスタオルの手洗い。
あのゴツイ布地を荒れた手で、それも冷水で洗い続け、絞り終えて干すまでのつらさといったら・・・。
そのトラウマでか我輩、下宿生活終えて今日までバスタオルを使ったことがない。
いや、ホテルなどでの宿泊先では「使わねば損か」と使うのだが(気持ちいい)、自宅風呂場に積み上げられたバスタオル横目で眺めながらも、ナイロンタオルで洗った体を拭きあげるのは、普通のタオル。
バスタオル=洗濯の辛い思い出は、ムカデ、ゴキブリ、女郎蜘蛛を本能的に嫌悪、拒否するのと同等の刷り込みが我輩にはされてしまっているのだ。

こんなことを思い出したのも先日、民放テレビの街頭インタビュー「バスタオルは使用後、洗うか否か」をみたせいである。
こんなインタビューを人が思いつくこと自体が信じられなかった。
かつ、思いがけないことに半数近い40数パーセントの男女が、一度使っただけでは洗わないと答えたのだ。八ヶ月洗っていないという男もいた。
洗わない派のコメンテーター、マツコ・デラックス(おぞましい存在)は、「だったらコートもシーツも一度使ったら洗わないといけないじゃん!」(発言もおぞましい。そんな精神構造だから醜い体型になるのだ)

我輩は使用するたびに(バスタオル代わりの普通のタオルも)洗うものだとこの歳まで思い込み、今でもそう思ってはいるけれど(科学的根拠で「一度の使用で洗うのは無駄」といってくれれば別だけれど)、ふと「あの真冬での手洗いは何だったのだろ?」と思ってしまった・・・。

★「今夜の本!」

堺・北花田の紀伊国屋書店に走る。
前日知った新聞書評欄掲載の新刊本目当てに。

さて、売り場にて。
徳間文庫の新刊だ。
が、作者名覚えていず。
題名・・・確か「突」の字がついていた。
しかし新刊であるからにして平積み、もしくは新刊コーナーで簡単に見つかる、と思っていた・・・のに見つからず。どこにも、ない。
一般書店ちゃうぞ、紀伊国屋やぞ。ね?

あきらめて出直そうか思ったその時、レジが空いていた。
で、女店員さんに「題名、作者不明ですけど、徳間文庫の最新刊もう出てます?」
で、パソコンで検索してくれました。
その検索ページをたどり、発見!
新刊なのに棚に一冊だけ押し込まれていた(棚の何段目にアリってことまで分かるんですね)

森岡浩之「突変」でした。
新聞紹介では「読み出したら止まらないSF大作。文庫書き下ろし」と。
地方都市の花咲が丘3丁目近辺がある日突然、異世界なのか地球のカンブリア紀以前の世界なのかに突然変移。つまり現代の町が人跡未踏の世界と入れ替わってしまうのだ。町内に住む、もしくは町内を訪れていた人々は、おぞましい(マツコ・デラックスのような)生物が生息する異世界でどう生き抜くのか・・・。

ホラー小説の巨匠スティーブン・キング原作映画で、原作を超えたと思えるのが「キャリー」と「1408号室」。
原作同等かが「ミザリー」と「クリスティーン」そして、突如出現した異世界の生物に襲われるアメリカの小さな町の惨劇を描いたバッドエンド作品「ミスト」だけれど(今思えば原作「霧」以上かも)、本書はその「ミスト」をふくらませたような展開。
しかし、惨事に巻き込まれるまでの一般人それぞれの生活描写の前半は現実的で読ませ期待させてくれたけれど、特異災害(パニック)描写は緊迫感に欠け、「読み出したら」云々の賛辞には? 評価3/5。
注:でもSF関係の賞を受賞したと後から知りました。

「屋根裏という名の城 」完

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