322「新・恐るべき空白◆ ふたたびの・・・

9.8thu/2016

★ ふたたびの・・・

前回の話は、つい昼寝してしまい目覚めた時ふと感じた身体の違和感を記したところまででした。

そう、8月5日金曜の午後遅く、リハビリから帰宅した母の手助けをと二階からの階段を降りかけたとき、昨年発病時の後遺症である寝起きの身体のこわばり感、階段をいつもの様に降りようとしてそのこわばりがひどく感じられたのだ。降りることができなかった、いやできなくなっていたのだ。
「やべぇ〜」と思いつつも身体を壁にくっつけるようにして階段を伝い降り、リハビリセンター職員に玄関の上り口まで連れられてきた母をどうにか居間まで誘導し、我輩はそのまま二階に戻り先ほどまで横になっていた布団に倒れこんで・・・。

昨年夏の終わりに発症したあの時と同じ?
で、「病院に・・・」との思いはあった。
あったけれどもそのまま横たわっていたのは、なぜか「もう、なにもかもめんどくさい」の気持ちが・・・。

19時頃に帰宅した末っ子の「晩ご飯はぁ?」の誘いにも「今夜はいらんわ・・・」
その後帰宅した我が妻リ・フジンにも「調子悪いから・・・」と横になり続けての翌朝6日土曜、奇しくもその日は朝の8時から鳥取の大山へでかける予定が入っていた。

数日前、長男に「お父さんが行けへんだらボクらも行けへんわ」といわれ(※)「行くがな、行くがな」とおざなりに返答していたその恒例の大山行き・・・リ・フジン姉夫婦の親戚所有というその別荘に我が一族が招待されていたのだ。
気のあった友人同士ならともかく、気を遣ってしまうその手の小旅行には今までも気が進まずで、我輩は10年以上前に一度行ったきりだった。
今回行かずにすむならば行きつけの居酒屋にででも飲みにいこうかと考えていたのだったが・・・娘夫婦がそろそろ車で迎えに来る頃だからとその朝起こされたとき、身体の違和感は続いていた。
そう、単なる不調ではなく、やはり「再発」していたのだった。

※我が家では子供たちに幼少の頃より「お父さんのオはいらん。父ちゃんでええ」と教え諭していたのだが(我輩そんな立派な存在ではないとその頃より自覚していたのだ。うん、立派、立派!)。もちろん日本男子として「パパ、ママ」などのアホみたいな呼び方は論外だった。
(今回の「再発」でキーボードより打ちにくくなり、少々時間がかかるけれど、次回へ)

「新・恐るべき空白」つづく

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