340「さみしさのつれづれに〜」(前篇)

2.28tue//2017

★酒場にて。

先日、行きつけの酒場で独身の友人に(離婚経験者かつ彼女もいぬゆえ)「お前、寂しいないんか?」と問うと、「気楽でええで〜」と(その割にはひとりいるときの酒量が増えているようだけど)。
その店の独身ママさんに同様に聞いてみると、「毎晩こうしてお客さんと喋ってるものぉ、平気やわぁ」と。

う〜む、我輩ガジュ丸自身も墨丸でカウンターに立っていた当時、「サビしぃ〜!」と財津一郎的奇声発したりつぶやいてしまうのが常だったけれど(スンマセン)、ある時常連さんに「ナニがぁ?ナニ寂しいのん?」と問われ、「ん?そういや・・・寂しい、ないな」と、これは単なる口癖と気づかされたのだった。
先ほどのママさんおっしゃるように、我輩も当時は夜ごと夜ごとの常連さんとの会話、店終えれば馴染みの居酒屋で顔馴染みの人々や女将さんとの世間話。「寂しさ」感ずるヒマもなかったわけで・・・いや、そのヒマさ作らぬための間断なき人との接触だったのかもしれぬが。

★藤竜也とは真逆。

昔のTVドラマ「時間ですよ〜」(主演の堺正章が二十歳代の頃)で、訳ありそうなサングラス姿の藤竜也が同じく過去を引きずっていそうな篠ひろ子の小料理屋のカウンター片隅で黙ってひとり酒を飲むシーンが、それだけのシーンが毎回挿入され、「かっこええなぁ!」とそんな哀愁漂わせる大人にあこがれていたことがある。

けれどその大人になった我輩など、たとえばサラリーマ時代に会社で嫌なことがあったとする。
で、行きつけの酒場で藤竜也風に黙りこくってその嫌なこと思い返しつつひとり酒飲んでると、店のママさんに「すみちゃん、今夜はどしたん?いやに暗いやん?」と問われた瞬間、「そやろ?暗いやろ〜?わし今夜は暗いねん!」とたちまち明るく変貌してしまうという人間瞬間湯沸かし器。
そう、即座に嫌なことなど忘れペラペラ喋り始める、哀愁どころか単純ネアカ大人と成り果ててしまっていたのだ、けれど・・・(アホやん?)

「さみしさのつれづれに〜」(後篇)につづく。

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