346「歩いて、歩いて」(最終回 到達篇)

3.24fri//2017

★駅、到達。

ドラマ「北の国から」のジュンとホタルが通う小学校は、住まいの小屋から大人の足で徒歩約40分とのことだったが、歯科医院から最寄りのこの私鉄駅まで要したのが約30分。自宅からだと計約45分となるわけで、ジュンたちは毎日雪の中をこんなに歩いていたのか、と感心した次第。
でも我輩ガジュ丸ら子供の頃も田舎の学校まで結構な道のりを歩いていたような気もする・・・今度実地検証してみようか。ヒマなヤツやなぁ!と思うでしょ?ヒマなんです。

さて帰りのバス発まで休憩となれば喫茶店か。
けれどちょうど目の前にある駅前ビルのその店は全席禁煙の表示。
再開発で駅前ビルまで新設したというのに居酒屋などもなく、さほど美味いとも思えぬ料理なのに最近あちこちで見かけるインド料理店、そしてビル外にもう一軒コーヒー専門店があるぐらいという、駅前は我輩向きでは全くない場所と化していた。

★コーヒー専門店にて。

「ここはタバコOKですか?」「スンマセン、禁煙なんです」と店主。

ココもだった・・・。
「北の国から」では田中邦衛も竹下景子もいしだあゆみも、みんなジュンやホタルの回りで副流煙なんのその、タバコをプカプカ吹かしていた。
我が敬愛する祖父もかつて「酒とタバコのどちらを選ぶか?タバコじゃろ。酒と違ごうてタバコはいつでも何処ででも楽しめる」と教えられた時代は何処へ。 
・・・本と映画のどちらか選ぶとなれば我輩は本だな。本は無意識に情景等思い浮かべながら読んでいるけれど、映画は一方的にすべてを押し付けられる感ありで。その押し付け感を上回り、忘れさせてくれる作品が傑作なんだろうけど・・・最近映画にのめり込めぬのはそんな作品に出会わぬせいかもしれぬ。

昨日までの愛煙家が禁煙派に変わるのは良しとする。
が、たちまちタバコを極端に毛嫌いし、禁煙ではなく嫌煙などといういやらしい言葉のもとに集まる糾弾派にたやすく与する風潮ふくめ、懐深いはずの大人という人種がいまや希少動物化、我輩ふくめての人や世相が幼稚化してしまってるかのようで・・・。

霊長類を研究している正高信男教授は、熱帯での仕事の合間に不可欠なのが砂糖多めの濃いコーヒーと強いタバコだという。
体力の消耗が激しいため、血糖値を上げ、覚醒させないと意識そのものが朦朧として注意散漫になるためだとか。
教授は(喫煙習慣者じゃないらしい)、ある社会での喫煙人口の減少は産業構造が変化し肉体労働に携わる人口の減少に関係しているのではと考える。
それに当てはまる日本でもタバコの効能が無視され弊害ばかりが今日注目されすぎ、受動喫煙の対策は必要だがきつい労働のあと一杯やりつつタバコを一服することを喜びとしている人たちの存在が見過ごされているのではないかと述べている。
こうして+−両面からコトを見る目を持てる方こそ大人ではないのだろうか。
とにもかくにももう休憩できる場所なんてなくってそのコーヒー店に・・・。

★オススメは?

飲食店でよく「オススメ」というのがあるけれど、味は好みの問題ゆえ我輩はあまりアテにはしていない。
墨丸でもよく「オススメは?」とお客に聞かれたけれど、「オススメなんてないですがコレコレがよくお客さん方が注文されます」と答えるにとどめておいた。
でも墨丸のコーヒーについては手書き看板に「ホットコーヒーがオススメ!」と、矛盾してるけれども書いていた。

上島珈琲のセールスマンに各種ブレンドコーヒーを試飲させてもらった結果、コクあり苦味あり酸味すくなしタイプが我が好みと判明し「墨丸コーヒー」とした。
だけど、世の中にはアメリカン好みの方もいらっしゃるわけで、そういう方々にはもちろんこれなど「オススメ」にはならいわけだ。
手書き看板文言も、まぁデザイン上というかその程度の意識の書き込みの「オススメ!」で、料理やカクテルと違いコーヒーなら「なんや〜」の失望も少なかろうと・・・。

★「白樺」の思い出。

喫茶店やコーヒーの最も古い思い出としては高校生の頃、田舎町のビル二階にあった純喫茶「白樺」を思い出す。
当時はアルコール類を置かぬ「純喫茶」と洋酒メインの「洋酒喫茶」とに分かれていた。いま思うと墨丸は洋酒喫茶か。

その「白樺」ではいつも窓際のテーブル席に座り、下の通りを行き交う人々を眺めながら友人たちと一杯50円のコーヒーを飲んでいた。
喫茶店の出入りは校則では禁止されていた時代だったけれど、我らはこっそりそこでタバコをというヤカラではなく、だからかママさんに気に入られていた。たぶん。
そのママさん、大阪ミナミの元キャバレーホステスで、マスターとこの町に駆け落ちしてきた云々の噂話を耳にしたことがある。
けれどママさんからは元ホステスという派手さも感じず、「駆け落ち」という言葉からか日本的な物腰の、少し薄幸そうな方だったように思う。

当時見た夢のなかで、「白樺」の窓際の席に座っている我輩が窓の下の通りを仕事終えた「白樺」のママとマスターが腕を組んで仲良く帰る後ろ姿を羨ましく見ている・・・そんな夢をみたのを今でも覚えている。
羨ましさゆえだったのか、その頃から「将来は喫茶店をしよう!」と漠然とした将来像を思い描いたものだけど、その夢を忘れた頃に「墨丸」という店を始めたわけで、人生ってなんか「思い通りやん?」

その町は卒業後に離れてしまったけれど、成人してから「白樺」を訪れたことがある。
ママさん懐かしんでくれ、すぐどこかに電話をかけ「昔よく来てくれてた高校生の・・・」と連絡をとってくれたのは駅前のスナック「馬酔木」。マスターが始めたという店だった。

近年その町を訪れたことがあるけれど、「白樺」は名も違う美容院に変わってしまっていた。
お酒をご馳走になった「馬酔木」のことはコレを記すまで忘れていたのだが、喫茶店とスナックに分かれて以後も、理想だったあのお二人は腕を組んだりしていたのだろうかとなんとなく気になってしまう・・・。

時々ふと思うのだけれど、こうして何十年も前の人々のことをふと思い出すとき、その相手が気配を感じた動物のようにピクっと耳でもそばだて反応してくれたら、そして我輩もピクッとなる時があれば人生って素晴らしいかも、と。恨みつらみゆえのそれは何だけど・・・。
我輩がいくら懐かしんでも、相手ははるか昔に我輩のことなど忘れ去っているだろうと思うと(それが当たり前なんだけど)、なんとなく以前記した「さみしさのつれづれに〜」の気分になってしまうんだよなぁ・・・これが先に述べた「幼稚化」というヤツだ・・・。

そんなことをつらつら思いつつ、タバコもすえぬ保育園のようなそのコーヒー店で店主に、「コクあり苦味あり酸味すくなし」タイプのコーヒーを所望。
で、イタリアンブレンドというのを初めていただいたのだが、コクも苦味も「墨丸コーヒー」のようではまるでなかった・・・。

「歩いて、歩いて」完。

<戻る>