358「ガジュ丸の動物記」機文い版篇)

7.8sat//2017

★はじめに・・・

我輩ガジュ丸は差別主義者ではない。

けれど、短足や鼻の低いヤツはキライである。醜くて。
現に公然と皆の前で差別発言しているが我輩は恥じてはいない。
ただしヤツといっても人ではない。犬猫のことだ。
我輩、人をは差別視しない。たぶん・・・。

コーギーやパグ、ペルシャ猫と呼ばれる種類の、犬の長所を削ぎ落としたような、奇怪ともいえる扁平な面構えの猫らと他の犬猫との差別感情を抑えきれないのだ。
そう、彼らはもう犬猫と呼べるものでなく、「おい、走れるんか?嗅げんのか?」と問えば、「・・・チョット劣ってるかも」と返答するかもの、通常の犬猫とはチョット違う生き物ではないかと思っている。

リボンを付けて散歩させられている犬も気持ち悪い。
駅猫、駅犬と呼ばれ、駅員の服を着せたり帽子をかぶらせたりしている類にも嫌悪を感じる。
彼ら犬猫に「恥」の意識あれば恥ずかしくってたまらんだろう、同類に対し。
またそれらが人気だとマスコミが騒ぎたて、わざわざ見に行く人間たちがいるのも不思議だ。
「かわいい〜!」の単語とピースサインだけの意思表示で世間を渡り歩いてるような、パブロフの犬的♀が喜々としてその犬猫にカメラを向けているのをみると、日本人はいつの間にバカになってしまったんだろうと思ってしまう。
思ってしまうのは我輩ではない、犬猫たちがだ、と述べてもコレはおかしくはないな。

この駅犬や駅猫に罪があるわけではない。
動物を擬人化しすぎているのが、猫かわいがりしすぎている人間の姿が、風潮が気持ち悪いのだ。
と考えると、交配や交雑によって生みだされたコーギーらにも罪がないわけで、今までの話は我輩の好き嫌いの感情話でしかなく、差別というような大げさなことではなかったわけだ。
ゆえにすべてにおいて、我輩ガジュ丸は差別主義者ではない。
※あ、どさくさに紛れて、♀だ、バカだ、気持ち悪いなどと人を差別視してしまった・・・。
※ん?犬に対しても「猫かわいがり」とはこれ如何に?差別用語か?

思い出した。
我が妻・山椒大夫が昔、シーズをもらってきたことがある。犬の。
なんとよりによって、あの赤色中国産の、鼻のひしゃげた、なぜかオバハンたちがリボンつけたがる類いの室内犬だ。目も合わしたくないほどキライな犬種の一匹だ。
部屋中うろつくのがもう目障りで目障りでつい邪険に扱ってると、賢いもので二、三日で逃げ出していなくなって、くれた・・・。虐待はしていない、無視しただけだ。念のため。

★ある有名人が犬猫評し「尻の穴みせつけて歩くヤツらは気持ち悪い」と述べていた。

この発言は「イヤだなぁ」と思った。
発言聞いてから、犬猫の後ろ姿みるたびにその言葉がまとわりついて・・・。

でも我輩は犬が好きだ。猫ブームだけど。
猫は毛が抜けすぎる。オシッコがクサい。化けて出る。化け犬は聞いたことがない。
イザという時、猫は喰えぬが(祖父が言っていた)、犬は喰える(某国では、だ)
猫はお手もお座りも待てもできず、番犬と呼ばれても番猫とはいわれず、いまはもう一般家庭でネズミもめったに見かけぬゆえ役にも立たぬ。商売した経験上、陶器の招き猫も役に立たぬと判明した。
あっ、ほったらかしの離れの我が書庫にはいるようだ、ネズミが・・・どっかに猫、いないかしらん。

と、なんだかんだいっても、飼い猫だったインクは我輩が深夜に車で帰宅すると道路脇にちょこんと座って出迎えてくれていた。
どうして足音じゃなく、エンジンの音で我輩だとわかるんだろと思った。
飼い犬のチョークは鎖につながれたまま吠えながら出迎えてくれたが、我輩に飛びかかって喜びをあらわすので、服を汚されるのが嫌で傍まで近寄らなかったことがチョークが死んだ今となっては心残りだ。

インクも昨年クリスマスの夜に死んだ。
晩年は痴呆症だったのか、自分がまもなく死を迎えるのを知らしめたかったのか、深夜になるとニャアニャアと鳴き続けイライラさせられたものだ。
その後、静かになって横たわりはじめるとさすがに可哀想で、玄関先の寝床から二階の我が部屋につれてき、部屋の片隅に寝かせていた。
すると死ぬ間際、寝ている我輩のベッドの下まで這ってきたのか、朝起きると我輩が脱いだスリッパの上に横たわっていた。
痴呆だったとしても飼い主の傍に居たかったのか・・・。

このインクやチョークのことは以前にも記したけれど、いま思い出すことは、インクを自宅に初めて連れ帰った夜のことだ。
子犬のチョークが、子猫なのに悠然と歩くインクのあとをじゃれようと追い回し、後年は散歩に連れて行くチョークのあとを、家猫ゆえか家から数メートルの距離までだったが今度はついてきていたことだ。このときも悠然と。
うん、きやつらは可愛かった・・・。

★我輩退院した直後は、リハビリのためにと犬を飼えそうな雰囲気だった。

で、あちこちのペットショップを見て廻っていたある日、ガラスケースの中から我輩をずっと目で追い続ける小犬がいた。
「おッ!」と、前世のつながりを感じさせる気持ちにさせられた。
のちにあれは町内のおばさんたちが連れ歩いてるなんとかプードルと呼ばれる人気犬種と判り、近所のそれを何匹も見かけてるうちにイヤになってきた。
「かわいい〜!」「ピースサイン」そして「なんとかプードル」のパブロフの犬的三種の神器グループの仲間入りするようで。
さらに散歩中にそのグループに「ご主人とこの〇〇ちゃんは」なんて話しかけられると思うと、もうゾッとして・・・。

で、もともと我輩は柴犬派なんだけど、それは認知症にかかりやすい犬種と最近知って(インクで懲りた)、今のところはアメリカ映画でよくみかけるアレがいいなぁと。
ジム・キャリーの「マスク」とか、たしかキアヌ・リーブス「ジョン・ウイック」でも見かけた活発な小型犬のジャック・ラッセル・テリアだ。これは町内でまだ見かけぬし・・・。

★話は変わるが、猫はインク一匹だったが犬は何匹も飼った。

テレビが普及し始め、アメリカの30分ドラマ華やかなりし頃が飼いはじめだった。
当時、名犬ロンドンやリンチンチン、ラッシーらがブラウン管の中で走り回っていた。
近所の女の子に借りた月刊少女雑誌「リボン」か「なかよし」だったかにも、「ペスよ尾をふれ」という漫画が連載されていた頃だ。
洪水で母親と自宅が流され父親が発狂し(狂った父親の姿が怖かった)、残されたスピッツのペスと主人公の女の子がけなげに生きていく物語だ。

その頃近所では金持ちの家がそのスピッツやコリーを飼っていた。
我輩ら庶民は拾ってきたうす汚い雑種だったけど。
ただスピッツはキャンキャンと甲高い声で鳴き続けるうるさい犬種だと記憶にあるが、最近見かけぬようになってしまった。
とにかく、今の時代とはまた違う意味で犬がとてもに身近に感じられた時代だった。
犬の糞をしょっちゅう踏んでしまうこともあって・・・。

で、母が「猫は抱くと猫の体に悪い。でも犬はかえって丈夫になる」と言うのを覚えていたこともあり、野良猫より野犬をよく連れ帰っては母に怒られたものだ。
「世話するからぁ」と駄々こねては飼わしてもらい、数日後にはほったらかしに。
飼えばたちまちラッシーみたいな名犬になる、と錯覚してしまっていた・・・。

それによく死んだ。
ペットの病院なんてあるはずもなく想像もできなかった戦後復興期の、白い病院着、軍帽姿、松葉杖の傷病兵が、小銭求めて赤十字マークの箱を首から下げ天王寺の陸橋上にいた時代なんだから。
もちろん、犬猫に服を着せてリボンをつけるなんて誰もが思いもよらなかったのではないか。
そんなの連れてる人を見かけたら「あ、くるくるパーや!」とばかりに、当時はやった少年探偵団ごっこ遊びの延長で、その怪しげな人物の後を集団でつけ回したりしていたことだろう。

父の仕事の関係で引っ越しが多かった。
だから一度、飼っていた雑種犬を父と二人、引越し前に自転車で遠くに捨てに行ったことがある。
小学校低学年の頃だったように思う。
大阪阿倍野に住んでいた頃で、路面電車の線路を越え国道横断し、その先の野原にだ。
当時は阿倍野にも野原や空襲あとの瓦礫地域があちこちに残っていたのだ。
と、数日後、その犬が自宅に戻ってきた。
国道を越え、線路を渡って。
父が自転車荷台の段ボール箱に犬を入れて捨てに行ったのに帰り道がよくわかったものだ。
鼻の低い臭覚に異常ありそうなパグなんて犬にはとてもじゃないが真似はできないだろう。
父が感激したことはうっすら覚えているけれど、その後その犬をどうしたのかもう覚えてはいない。たぶん父が一人で、今度はもっと遠くへ捨てに行ったんだろう。名前ぐらいは覚えておいてやればよかった・・・。

などと述べると、当世の愛犬家、愛猫家は目くじら立てるだろう。
だけど当時田舎などでは、例えば子犬が何匹も生まれると一匹だけ選別して残し、あとはダンボールに入れて川に流すなんてことが行われていた。
喰わせるもの自体が不足している時代だったし、いまの甘い、猫かわいがりするような時代ではなかったのだ。時代が違ったのだ。だから山には野犬の群れが徘徊していたものだ。
いまからみれば「B級戦犯」モノだな、当時は当たり前でも。人間の戦犯の気持ちが分かるような気がする・・・。

★脱線した。犬を飼えそうなという話だった。

で、今度こそ名犬かつ忠実な生涯の伴侶にと(人間はもうコリゴリだ)、NHK趣味の番組や古本屋の本で飼育方法懸命に学び、百円ショップで首輪や食器まで買い揃えた時点で、最初から分かっていたはずなのに山椒大夫こと我が妻リ・フジン旧名の如く、あっさり「お金ないから」と購入中止の宣言・・・。

さらに追い討ちかけるように「あんた、世話せえへんし」と。
そりゃ子供の頃はそうだった。
母じゃあるまいし当時のようなセリフをいま吐かれても・・・と振り返ってみて、気づいた。
大人になってからまず飼った、保護センターから貰い受けた雑種の成犬は家族が言い出してだ。二匹目の柴犬チョークはそもそも山椒大夫と娘のさくらんぼうが言い出して買ったんだった、と。
で我輩、子供時代の経験に基づく学習能力発揮し「世話って?むかし飼う際にワシは絶対世話せえへんからなって条件付けたやろ?」と反論するともうだんまり決め込まれ、でも飼う話は終りとなる。
これだから生まれ変わっても、また人間と結婚なんてより忠犬を生涯の伴侶と考えるほうが賢い選択と思ってしまうわけだ・・・。
ゆえに我輩が猫のインク連れ帰った際には、猫は散歩の必要もないしトイレの砂替えるだけ、という思慮のもとであった。

そもそも「リハビリのため」が発端だったのに、何なんだろうボクのこうして翻弄されてしまう理不尽な人生って・・・。
買ってしまった百円ショップの首輪を山椒大夫の首にはめて引き回したろかとふと想像したら、それは小型犬用で、いや大型犬用でも今や我輩の何倍もの体重の山椒大夫にはとてもじゃないけどはめられそうにないことに気づいた。
手首ぐらいには使えるかもだけど、あの体重では我輩が引き回されるだろう・・・。

そもそも山椒大夫という命名も、溝口健二監督の映画「山椒大夫」からだ。
往年の時代劇俳優・進藤英太郎演ずるでっぷりした山椒大夫に買われ、奴隷となった厨子王丸の不幸な姿を、シーズを邪険に扱っても虐待もできぬ軟弱な、理不尽に扱われ続け生涯終える我が身に重ねての・・・。

★これまた不運なことに、飼えぬ決定的なことが・・・。

体重といえば、購入断念が決定的となったできごとがある。
我が息子のひとり、田中ホモ丸が最近飼い犬を二匹も引き連れ我が家に寄宿するようになったのだ・・・。

おまけにその犬めら、コーギーやパグじゃないけれど、全身真っ黒で子牛ほどもある大きさなのだ、二匹とも。
あの悪魔の子ダミアン主人公の映画「オーメン」に出てくる真っ黒な、そして山椒大夫と変わらぬような重さがありそうな犬たちで、とてもじゃないけどリハビリ散歩向きではまるでないのだった・・・。
糞も牛のそれほどもあるわけで(しかと見たこともない。見たくもないがたぶんそうだろう)、犬種も耳にしたけれど、でっかい糞のイメージ強すぎて聞いたとたん忘れてしまっていた。
で、我輩のささやかな夢をつぶしたヤツらを、我輩は「悪魔犬」と呼んでいる。

我輩は人に聞く。
「ペットとして牛なんか飼ってみたいですか?」
まさか、という相手の顔を見て「ああ、仲間がいた」と、一人我が身を慰めている昨今である。

「ガジュ丸の動物記」(サカナ篇)に、つづく。
※文中の「なんとかプードル」は「トイ・プードル」でした。7/13判明。

<戻る>