478「幸運なマヌケ男」

12.21.sat/2019

これから記すことは、いつの話か、誰の話か、事実なのか架空の話なのか、内緒の話。

ある町に住む男は、常日頃何十分も待たされる数少ないバスの運行にウンザリしていた。
駅から男の住まいまでの最終バスも早々に終了してしまう。
対して、最寄りの駅前には公営私営の駐輪、駐車場が整備されている。
もちろん料金要だが、バイクなら一日210円。車なら安いところで400円だ。
駐輪場や駐車場完備なのにお粗末なバス事情、配慮と不親切同居してるようなイヤな町だ。

ある日、男は大きな街に出かける用ができた。
それで初めて駅前駐輪場のバイク置き場を利用することにした。
その夜、男は街で知人と呑み、真夜中に町に戻ってくるのだった。
あとから思うと、これが運命の分かれ道というものだった・・・。
飲酒運転が厳罰化された悲惨な最終的事件である06年の福岡追突死亡事故以前のこれは話かもしれないし、昨日かもしれない話である・・・。

深夜、男は駐輪場に戻った。
バッグから分厚い手袋を取り出す。
冬だ。
バイク利用者にとっては過酷な季節だ。男の青春時代にはそうでもなかったのに。
ということは、男は理性も常識も兼ね備えたはずの大人世代ということだ。
ヘルメットは座席シート下の格納スペース・・・。

駐輪場閉鎖は午前一時と聞いていた。
なのにその時間、入庫時ほぼ満車だった場内にバイクはほとんどない。
管理者も午後10時にはいなくなり、午前1時にシャッターが降りるという。
閑散とした駐輪場でそんなことを思いつつ、駐車スペースからバイクを引き出した。
エンジンをかけた。

帰宅ルートは閑散とした道を選ぶ。
なんと言ったって飲酒運転なんだもの。
駐輪場を出て、十数メートル先でその閑散とした道に入れる。
それからの道は深夜、人は通らず車もほとんど走らぬ道だ。もちろん交番もない。
そのルートに入る手前の三叉路で事は起きた。

赤信号。
直進車が一台、対向車線の暗闇に。
男は右折レーンで停車。
信号、青に変わる。
なのに直進車は動かない。
「何しとんねん、はよせいや」
ゆっくりと直進車が進み始めた。
なぜかゆっくりと男の横を通り過ぎた。
パトカーだった。

もちろん男は注意深く発進し、右折。
そのとき気づいた、違和感に。
「!」
ヘルメットをかぶっていなかった。
かぶっていたのは、布製の黒のキャップだった。

寒風シーズン以外には使わぬそのキャップをこの日はじめて使った。
駐輪場のバイクの少なさのことなどつらつら思ってるうち、ヘルメットを取り出したつもりが、そのキャップの装着感で、その装着感を酔った脳裏ではヘルメットと・・・?

男はあわててバイクを停めた。
シート下の格納ヘルメットを、こっそり後ろを振り返りながら、Uターンしてくるかものパトカーの影におびえながら、取り出した・・・。

ここからは想像。
パトカーの警官たちの会話。
「向かいのバイクの奴、あれヘルメットか?」「キャップ型の?」「ヘルメットちゃうかったらあんなに落ちついとらんやろ?目の前パトカーやのに」「まぁ、よう見てみよ」とゆっくり進み始め、男の横を通り過ぎながら、「よ〜わからん」

・・・これが先に述べた運命の分かれ道というヤツである。
その運悪ければ、膨大な罰金、免停で仕事にも行けぬという、恐ろしくも幸運な間抜け男の話であった。
(注:12月20日「飲み会」後の話ではありません。男はその夜、別の悪さを・・・)

「幸運なマヌケ男」完

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