523「昼下がりの怪」

6.1.火/2021

★5月30日午後の4時すぎ、西日がまともに照りつける広間の窓際で・・・

その広間は、我輩がバイト勤務するとある公共施設の一角にある。
日頃は来館者が新聞等の閲覧や大型テレビの視聴、打ち合わせ等に利用している場所だ。
が、コロナ禍で休館続き、我輩なすべき本来の業務項目激減ながらも、自主的に作業見つけ出し勤務続けるよう指示されている。
そんな状況下、労働時間1時間減とはなったものの、その分の給与は支給されるという”お役所仕事”だ。それが我ら庶民の税金が原資というのが少々どころか大いに割り切れぬ思いではあるが・・・。

その日、黄砂の時期ゆえ広間の開け放した数々の窓(それがコロナ対策の一環である換気のためというのも、閉館中ならばこれも意味なさぬかの”お役所考え”)その付近の黄砂を拭き取ることを思いつき作業を始めた。
南條範夫の小説に「積んでは崩し」という傑作短編がある。
戦国の世、捕虜となった武士たちが敵方の城の石垣を積み上げる過酷な労働を強いられる。苦労のはて石垣を完成させ、敵の石垣ながらもその達成感に感激の一同に城主が一言、「崩せ」
それを延々と繰り返させるという仕置に、捕虜たちは一人、また一人と狂気に陥っていくという残酷物語であったが、いうなればこの”黄砂除去”も似たようなもの?

★死骸

と、その黄砂除去作業終盤に差し掛かった午後4時すぎ、フロアからの高さ10センチ、窓ガラスまでの奥行き15センチ、横幅90センチほどの、一枚のガラス窓枠下部にあたる木部の片隅に、綺麗な純白の羽の小さな蛾が羽を広げて死んでいるのを見つけた。

とりあえず雑巾でフロアに払い落とし、その木部の拭き取り終え・・・死骸を片付けようと・・・蛾が、消えていた。
周囲のフロアを見渡した。
近くの長形テーブルをどかしてもみた。
見渡す範囲を広げ探してみた。
どこにも死骸が、ない。
消えていた。

まぶしいほどの西日のなか、じっとりと冷や汗が背中をつたい・・・いったい?
ギラギラと陽の差し込むさなかでもこんな奇妙な、いや奇怪なことが起こり得る?
そういえばあの純白の美しさはこの世のものではなかった?
数秒後だったか、こんなコトが身近で起きるとある意味、人生感が変わってしまう・・・と思い始めたそのとき、気づいた。
「死んでなかったんだ!」

先の「積んでは崩し」のようなやりがいなき労働ゆえの心持ちからか、思い込みというのは恐ろしい・・・ヤツめは払い落とした瞬間、どこかへ飛び去っていたんだ。

「幽霊の正体見たり枯れ尾花」
【読み】 ゆうれいのしょうたいみたりかれおばな
【意味】 幽霊の正体見たり枯れ尾花とは、恐怖心や疑いの気持ちがあると、何でもないものまで恐ろしいものに見えることのたとえ。また、恐ろしいと思っていたものも、正体を知ると何でもなくなるということのたとえ。

「昼下がりの怪」完

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