112「戦記」

9.25.thu./2008

★北京からロンドン

古新聞を読んでいて知った。
北京オリンピック閉会式で、五輪旗を受け取った次期開催国ロンドン市長が三流営業マンのごとく終始スーツのボタンをはずしたままなのに違和感を覚えたのは皆さんもご同様か。

紳士の国のはずなのに公式の場でと、当夜のお客サン方と「おかしいやんなぁ」と言い合っていたけれど、その紙面で「進行係からボタンをとめるよう促されると『個人の自由が大切だ』と拒否した」と。 続いて記者は「『国家』による五輪から、自由で『市民』による五輪へ。それこそが中国に対する英国のアンチテーゼなのだろう」云々と。
やるじゃん!と思ったけれど、観客にその真意が伝わっていたか否かが気になった。これだから読み終えていない新聞類捨てらぬ。

★ジャービル

先日訪問の北花田ダイヤモンドシティ(ナントカという名称に代わっているが)紀伊国屋で買えなかった書籍求めて、しんかなシティへ。

あ〜、終わりだ・・・。
ここの4F旭屋書店では本を探し慣れてたのに、なんと店舗撤退してしまっていた。3Fも雑貨店1軒のぞいて全店舗が消滅。月末からダイソーが入店するらしい。シティには似合う?

で、もうひとつの目的、墨丸のジャービル(砂ネズミ)の雌「ダミン」(我輩同様「惰眠」をむさぼった亡きハムスターの呼び名継承して)の相方、雄購入。1,280円也。
ハムスターと違い、砂漠に生きる砂ネズミは集団生活好むとかで、今回ようやく相方仕入れたわけ。相性悪い場合ありとのことだったが、幸いにもよかったようだ。
メンタル面も改善されたのか、夜行性ゆえの深夜、オリを脱出しようとガリガリと木壁を齧る音がピタッと止まった。
(昔、ペットのハツカネズミが繁殖したと思ったら、一晩でミカン箱のオリに脱出口を開け、一匹残らずいなくなったことが)。
相方、太り気味で動作ものろく「ぶた!」が妥当な名だろうが、なぜか脳裏に浮かんだ「ルビー」という言葉を名前に。時どき「ぶた!」と呼んではいるけど・・・。

目下の心配。
「ねずみ算式に増えたらど〜しょう・・・」(あげます)。

9.26.fri.

★やるせないかい

深夜、墨丸会員776号シノリンとの会話が一瞬途切れたその際、思わず口ずさんだ「♪つらい、悲しい、やるせない〜」。で、「シノリン、やるせないって、厳密に言うとなんちゅう意味やろ?・・・つらいでもなく悲しいでもなく、『気を晴らす方法がない。心がせつない』ってことかなぁ?いまのわしらにピッタリや」と、そこへ「ぷらずまクン」来店。
それから三人の「やるせない」心境一致し、「やるせない会」を結成した。「やるせないかい〜?」と発音する。
(以前結成の、悶々とした人生送る我ら中年三人組の会は「モンモン団」です)。

会のとりあえずの目標は、「沖縄旅行」。
シノリンが目下計画中のこと実現すれば、そのあぶく銭50万円で我輩&ぷらずまクンを、まったくの手ぶらで(シノリンいわく「下着なんかも持って行きなや。全部向こうで買ったげるから」)、沖縄旅行に招待してくれるというのだ。50万以下なら、「旅費だけ出すわ」やって。

ただし、参加メンバーはこの三人のみ。「誰にも言うな」ですって。あ、書いちゃった・・・。

9.27.sat.

★見られて・・・

昼間、録画していた山田洋次監督「学校W」をみてると電話が・・・
「なにしてんの〜?」(墨丸会員388号ちかねぇ、である)。
「テレビみてる」
「あんなぁ・・・」
「どないしたん、こんな時間。なんかあったん?」
「う〜ん、う〜ん」
「心配事かぁ?」
「いま裸やろ?」
ギョッとして振り向くと店のウインドゥに顔くっつけてしゃべってはってん・・・。
ま、のぞきこまんかぎり暗い店内みえないだろうと、暑さゆえ上半身裸でしてん。真っ裸でなくってよかった。ああ、はずかし・・・。
同行の462号やすべぇと三人、その「学校」をみる。
せつない気分でみてた「学校」が、急にせつなくなくなった午後だった。

9.28.sun.

★戦記

「戦史の証言者たち」(吉村昭。文春文庫)読了。
文庫初版は昭和56年。ファンだった吉村さんのこの作品は未読だった。
収録作品、以下・・・

「戦艦武蔵の進水」
クインエリザベス号の進水をもしのぐ超弩級戦艦の極秘下での船台からの進水。その進水重量の記録は現在でも破られていないという。
その偉業に携わった船台大工係の証言は目からウロコ。

「山本連合艦隊司令長官の戦死」
長官機の護衛任務についた戦闘機隊唯一の戦後生存者の証言。
山本五十六長官を守りきれなかったパイロット達の処遇はどうなったんだろう、さぞ過酷な運命が待ち受けていたのだろうなぁと常々思っていたけれど(作者もそう質問している)、そうでもなかったようで。
以前にまして出撃回数は多くなったものの(ま、戦況悪化もあるでしょうし)上層部の意向は意識せず「なんとか劣勢を立て直す」という考えのみで出撃し続けていたとのこと。

「福留参謀長遭難と救出」
フィリピンゲリラに捕らわれた高級参謀達を、交渉のうえゲリラから引き渡されることになった際、思いがけないゲリラとの和気あいあいとした交流であったという証言にはフィリピン人のおおらかな民族性が感じられ、心和ませてくれる章。

「伊号三三潜水艦の沈没と浮揚」
昭和19年、瀬戸内海にて訓練中沈没。殉職者百二名。沈没船から脱出、救助された者わずか二名。
昭和28年、完全浮揚に成功。浸水していなかった区画からあたかも生きたままであるかのような13個の遺体が発見される。
この現場に立ち会ったサルベージ関係者、記者、そして生存者たちの、その悲劇性と異常性で本書作品中白眉の証言集。

以前にも記したが、外国海軍の潜水艇を引き揚げると、扉に多くの乗組員の遺体が群がって脱出を我先にと争った醜態のあとさえあるというのに対し、次のケースには世界中が驚いたという。明治43年、山口県沖で訓練中に沈没した六号潜水艇事故だ。
艇内で艇長以下14名が亡くなったが、引き揚げると艇長は司令塔で、その他乗組員はすべて各自の部署を守って息絶え、死を前に取り乱した様子はなかったと。
今回の三三潜水艦の遺体もベットにきちんと横たわったままで発見され(最後に生き残ったと思われる一人は縊死していた)、かつての日本人はつくづく「すごい・・・」と思わされて、評価4/5。

★戦記2.

「遠い日の戦争」(吉村昭。新潮文庫)読了。
昔、小林薫主演のドラマで(三枚目的な彼が、戦犯として逃亡を続ける元陸軍中尉というシリアスな役柄を見事に演じていた)すでに知った内容ゆえ未読だった作品。で、ドラマのイメージが薄れた頃に(今では逃亡中の小林薫の丸縁メガネの斜め横顔しか覚えていず)読もうと思っていた。

いや〜、傑作。
福岡の西部軍司令部の防空情報部担当将校の主人公は、米軍の無差別空襲、原爆投下に対する日本人の意志の代行として、躊躇するこなく米兵捕虜を処刑する(わしでもするなぁ)。
そしての終戦。
戦犯は日本の恥とされ、日和見的な日本国民、責任逃れに終始する軍上層部、戦犯裁判の非道さを目の当たりにしながら彼は孤独な逃亡を続ける・・・。
勝者より敗者に暖かいまなざしをむけているといわれる著者、そしてこの時代に生きた著者ならではの作品だ。戦犯憲兵の逃亡を描いた帚木蓬生の大作「逃亡」を読んでいなかったらもっと高得点になるはずの、4/5。

★死去

9月26日、米国男優で最も好きだった、ポール・ニューマン氏死去。

彼、そしてバート・ランカスター、リチャード・バートン、ジェームス・カーンのファンだけれど、もうJ・カーンしかこの世にいない。
過ぎ去った青春と共に青春時代の象徴も消え去ってゆく寂しさよ。
彼の主演作では、69年のヒット作「明日に向かって撃て!」より好きなのが、67年の「暴力脱獄」。通称「冷たい手のルーク」を演ずるP・ニューマン独特の笑顔が百%発揮された傑作。当時の「スクリーン」誌上では「何度も脱獄を計る意味が不可解」と酷評されてたけれど、ハツカネズミもオリから逃げるやろ!だ。

「戦記」完

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