382「露出した臓器の話」弐(決行)

10.25.wed/2017

★10月11日水曜日、午前10時30分

無慈悲に時というものは流れるものだ。
とうとう手術決行の朝が訪れてしまった。
午前10時半、眼科医院の地獄の門、自動ドアが開いてしまう・・・。

この医院は水曜が一般診察に加えての「手術」の日のようだ。
待合室で各種目薬での消毒や瞳孔広げている間にも、片目に大判ガーゼあてた患者を二人ほど見かける。痛がっているようには見えぬ。
今のところドラマのように思わぬアクシデントで走り回る看護婦もいず、けたたましい救急車のサイレンも聞こえてこない・・・が、我輩はもう屠殺場に引かれてゆく牛の境地。それも仔牛の・・・。
最高血圧137。緊張ゆえか少々高め。気が弱いとは思ってくれるな。想像力が豊かなだけなのだ。たぶん・・・。

★午前11時

待合室隣りの診察室前には診察直前の患者用丸椅子が十数脚ほど壁際に並べられている。その奥にも3〜4脚の椅子が置かれ、その場所が前回記した「涙腺検査」の部屋の場所だ。

午前11時。
その奥の椅子に座り手術着を着せられる。その際、腕時計やブレスレット類の金属をすべて外すことになっている。なんでと思い看護婦に尋ねると「患部に触れるといけないから」「・・・?」
脳のMRI検査時に金属類を外すのは磁気の問題だろうが、その際に渡される注意書きに「入れ墨、タトゥー申告」もある。コレもMRI検査にどう影響するのだろうと思っている。次回検査時にでも聞いてみよう。次回という未来があればだけど・・・気が弱いとはいってくれるな。これも想像力が豊かなだけなのだ・・・。

ここでさらに麻酔薬ふくめての点眼薬各種。そして心電図モニターコードを我が胸に付けながら看護婦「今日は手術の方が10人以上でお二人ほど目の注射の方もいらして、11時半頃までには・・・」「え、目に注射するんですかッ」
看護婦なぜか、無言。
続いて中年男性我輩の横に座り同じく手術着羽織らされるも、彼も我輩ももう無言・・・。

先日「涙腺検査」した部屋に視線を向ける。
あのとき寝かされたベッドは空だ。
あのベッドで手術なんだろうか。えらい簡素な部屋やけど白内障手術ってそんなに簡単なんやろか。あの奥に手術室なんかあったっけなぁ・・・などと思っていると、真横の小さな扉が開いた。眼帯当てた中年女性が看護婦に手を引かれて出てきた。
その部屋、以前から「物置」かと思っていた。そこが手術室だった・・・思いがけぬことってあるもんや。

★午前11時25分

看護婦に連れられその部屋に入る。
なんと、ドラマで見る各種機械に囲まれた手術室そのものの部屋がそこにはあった。
ドラマそのままの完全装備?の看護婦三名に見知らぬ医師もいた。
いったいココでは何人働いているんだ?以前看護婦数を数えようとしたけれど、二十人弱数えてあきらめた。あちこちから次々と沸いて出ては消えるんだもの。これで個人医院というのだからすごいものだ。次回検査時にでも聞いてみようか。次回という未来があれば・・・もうやめとこ。

ドラマと異なるのは手術台が寝椅子なこと・・・そこに寝かされる。
マスクでしかとは分からぬが、眉と目元がきれいな看護婦が我輩の顔全体に黒く柔らかいゴム状のカバーを被せる。この世の見納めがあの眉と目というのも、ま、悪くはないか。かつ暗闇がこんなにも安らぐものかとも。これで全身麻酔なら何の不安もないだろうに・・・でも全身麻酔だと人は白目をむくという。睡眠中もそうだと墨丸のお客の医師から聞いたことがある。だから就寝中の愛する人のまぶたをそっと開けてみるのはご法度だ。百年の恋も終わるであろうからと以前も記したけれど・・・だから局部麻酔でないと目の手術は不可なのだったなと思い返していると、右目部分のみ顔カバーが取り外された。当たり前やわな・・・。

目の前に見えたのは、ガラスの急須のようなものに満たされた茶色の液体。
「消毒します」とその液体を容赦なく目に注ぎかける。「右向いて。上向いて」と指示されつつ。
目はいつしか閉じることができなくなっていた。以前、網膜裂孔のレーザー手術の際には目にリングを無理やりはめ込まれ閉じなくされたけれど・・・。
※この恐怖のお話は、229「時計仕掛けのオレンジの悪夢」参照。

手術室に入る前、看護婦が「お二人ほど目の注射の方も」との弁に「注射ッ」と驚いて聞き返したことに看護婦無言で対処した意味がココでわかった。
看護婦「麻酔の注射をします」

このあとのことは・・・誰だ、「あんな手術、簡単やったで」と豪語したヤツは!・・・うちに出入りしている我が妻リ・フジンの同僚女史だ。女は痛みに強いというがコレはホントだろう。
絶え間ない鈍痛とともにむき出しの内臓器官である眼球いじりまわされるのがハッキリ分かる。
ナニが簡単なものか。
モニターにコードでつながる左指先にはめられたサック、その指先の隣の指を握りしめることでしか不快感と鈍痛に耐えるしかなかった。先の網膜裂孔の手術の際には、痛みを我慢するためのものなのか、手で握りしめるような鉄棒があったというのに・・・。

聞こえてくるのは、ドラマで見かける心臓の鼓動の波形を表示している機械の「ピッピッピッ」の音・・・「あれ、なんでピッピッピッの音、変われへんの?こんな拷問受けてるのに?」
終始その音なぜか単調なまま。体中がコレ以上ないほどにこわばっているのが自分でも分かるのに?また脳出血するんじゃないかと思うくらいなのに?
麻酔なしのこんな拷問にあえば007ジェームズ・ボンドだってべらべらいらぬことまでしゃべりまくるだろう、絶対に・・・。そういえば映画「マラソンマン」でダスティン・ホフマンが虫歯の神経をいじりまわされる拷問シーンがあったけど、アレも絶対我慢できんな・・・。

★午前11時38分

永遠につづくかと思われた右目白内障手術・・・終了、午前11時38分。最高血圧167。
たった10分ほどの地獄巡りだった。でも地獄には変わりなかった・・・。
・・・いや、左目の手術が残ってるんだった!
もうイヤ・・・。

「露出した臓器の話」つづく

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