422「24時間戦えますか!」第一話

8.23.thu/2018

★よく眠って・・・

先日など12時間ぶっ通しで眠りつづけていた。
眠れなくて困るという悩み抱えるはずの歳なのに、いまだ10時間ぐらいは平気で無邪気に眠りつづけている(かつてのリハビリ検査で、一部脳年齢20歳代といわれたのはこのあたりのことか)。かつて、釜ヶ崎舞台にした小説で、ドヤの老人あおる昼酒を主人公忠告するも「かまへん、かまへん。はよ飲みはじめたほうが一日がはよ終わる。一日がはよ終わったほうが一生がはよ終わる」というセリフがあって、一日が短く感じられる我輩も、「はよ終わる」気がしてきた昨今でもある・・・。

★かつては・・・

その昨今、新聞紙面で目にするのが「管理者養成基礎コース」合宿生募集の広告。
俗にいう「富士山麓の地獄の特訓」というやつだ。いつしかその広告が復活していたのに最近気づいた。

かつてこの広告しょっちゅう目にしたのは、ちょうど「24時間戦えますか!」というワタミの企業理念のような、栄養ドリンクのコマーシャルがテレビで日夜ガンガン垂れ流されていた我輩20代の頃。過労死なんて甘えた単語もなかった時代だ(名もなき企業戦士の過労死者が新聞テレビで取り上げられることもなく・・・)。

その頃働いていたとある会社など、公休は10日に一回かつ休憩時間もなく、昼食後はタバコ一服するだけかつ長時間労働(現在も存続の大手スーパー。倉庫から店頭までりんごの木箱を一日数回運ぶ時があり、それだけで一ヶ月もすると筋肉モリモリに)。
そして幾多もの変転ののち(372「実録/さっぽろの夜」ふくめ)、土曜半ドン有給ありのZ団体に転職したときは、「ココは天国か」と信じられなかったほどだった。

★「若者よ、来たれ!」

ぬるま湯につかったような(でもそれは汚水の)Z団体辞め(ダサいロゴマークでTVCM中。この馬鹿話はまた別の機会に)次の仕事探していたとき、新聞の求人広告(当時は紙面全面が求人広告欄。求人情報誌など未発刊の時代)で目に止まったのが、「人生を愛し、家族を愛し、仕事を愛する若者よ、来たれ!」とのO社広告。
大阪環状線某駅近くのビルが自社ビルという会社の、そのキャッチフレーズに惹かれての入社試験受け、二十数名の幹部候補生の一員となったその日、社長特命のO社No.2の方によるO社初という「一ヶ月間の徹底研修」が開始された。

O社メイン業務は、各家庭に設置した自社のとある製品の定期巡回メンテナンス。その際、他社から依頼された様々な新商品の紹介販売をも行うというもの。
が、我ら幹部候補生は新規事業とやらに向け、徹底的なセールステクニックと開発されたばかりの家庭用電子健康機器の知識習得を一ヶ月間に渡り教育され・・・が、不思議なことにその期間中、候補生二人辞め、次の日は四人来なくなりと、給料いただきながらのセールス方法伝授の日々なのに、なんで辞めんの?と思ってるうち、研修会場には我輩ふくめ同年代の三人だけになってしまっていた。

★実践!

研修終盤は叩き込まれたセールステクニックと商品知識駆使しての先輩同行の訪問販売の実践。
我輩にはその日初めてお会いした少し年上の係長がつき、いざ奈良へと出陣。
セールス拠点は、奈良市の某ガソリンスタンド。
店のオーナーと共にスタンドのお得意様宅回り、その新製品家庭用電子健康機器(当時で4万円ほどだったか)をローン販売する段取り。
初日は係長とオーナーお二人で。我輩は終日スタンドで給油等のお手伝い。

夕刻、お二人がスタンドに戻ってこられた。
我輩、研修で教わった通り目上の方に対しての口調で(これが少々軍隊調なのだが)、「係長ッ、オーナー様ッ、苦労さまですッ。係長ッ、何台売られましたかッ」と元気よく問うと・・・一台も売れていなかった。

ああ、翌日は我輩一人でこのスタンドに赴き、丸一日無駄にしてもう不機嫌なオーナーと二人、奈良の町をその機器かかえて売りさばかねばならないのであった・・・。

「24時間戦えますか!」つづく

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