432「実録 / さっぽろの夜」(E最終話 崩壊)

9.28.fri/2018

前回、「ある事件で我輩への<ホモ疑惑>が一掃されるできごとが、これまた後日待ち受けていた」うんぬんの、今回はその続きかつ最終話である。

★A子さん

ある春の夜のことだ。
松山マネージャー、「スミちゃん、彼女おったんかぁ」「え?は?」「来てる。今日はもう帰っていいわ」と笑いながらの目線追うと、店の入り口に我輩の「彼女」A子さんが佇んでいた・・・。

で、ホステスさん全員の好奇のまなざしに見送られながら、こんなことで早引けなんてと思いつつA子さんと店を出た。
「なんや、仕事終わるまで喫茶店で待っててっていうたやんか」と、なぜか汗びっしょりのA子さんに問うと、「店で待ってたら男の人が”お連れするように頼まれた”って車に乗せられて・・・話がなんかおかしいなって・・・で、騙されたって気づいてクルマから飛び降りて走って逃げてきた」と。

A子さんは我輩19歳のとき、友人B子に紹介され交際していた短大生。
この春卒業し郷里で保母さんになるからと、明朝の新幹線で帰省するのだった。
・・・後年「A子事件」と呼ぶ事態が、我が人生最大のあやまちが待ち受けいるとはその夜、知る由もなかった・・・ま、この夜の彼女出現で、我輩のホモ疑惑は一掃されたわけだけど。
このA子さん話は長くなるので、一年余り不定期連載してきた「実録 / さっぽろの夜」そろそろ完結させ、「番外篇」としてでも後日記そうか・・・。

★「仕事辞めろ」

で、「さっぽろ」の話に戻ると、働きはじめてしばらくした頃、松山さんにいわれたことがある。

「スミちゃんはこの仕事辞めろ、3年で。3年以内だと他では得られんほどの人生経験になる。3年以上続けると人間、バカになる」と。
クビならいざしらず、「辞めろ」なんて忠告してくれる上司なんてそうはいないだろう・・・まぁ当時、この夜の世界では酒は気違い水と蔑まれ、男の底辺の職はパチンコ店員、タクシー運転手そしてバーテンが挙げられていた時代でもあった・・・。

阿倍野筋のグランドキャバレー「ロイヤルガーデン」、その近くのスナック「タムタム」、松原の新規オープンスナック「シェーン」と、それぞれ短期間ながら夜の仕事を続けてきた。それは夜の仕事という実入りの良さもあったけれど、352〜「歩いて、歩いて」で記した純喫茶「白樺」のような店をいつか持ちたいとの夢もあったわけで・・・。
けれど、松山さんのその忠告聞いた時点では「バカになる」ことが我輩理解できなかった。
そして「さっぽろ」辞めて京都に移り、しばしの花見小路「291アーリーナイト」(憎い夕暮れ。宵闇迫ると行きたくなってくるから、の意)の仕事で通算ほぼ3年近く。ようやく意味が何となくであるが分かるような気がしてきた。

思うに、客の男そして相対するホステスの姿を夜ごとみていると、いや目にしたくなくとも目にし続けていると、端的に言えば「タヌキとキツネの化かし合い」
当初は紳士的なタヌキ男がアルコール入ると欲望あらわとなり、対する女狐は愛人や夫いながらもその欲望あおって金を吐き出させようとする世界。
そしてそれを笑顔浮かべつつ助長してしまう浅ましいような仕事続けていれば、徐々に「お客さま」観念なくなり、単に「カネを払う客」という見方に。軽蔑の念が作り笑いの裏に芽生えてくるようで・・・。
今まで記してきた「さっぽろ」の日々ではその意識、あったとしても粟粒程度でしかなく、松山さんの言葉の意味理解するまでには至ってはいなかったのだ。
しかし当時、我輩自身も松山さん同行のときも、女性働くスナックなどには一切飲みには行かなかったのも事実。

★「彼女」

マコちゃん出現前から松山さんには「彼女」がいた。

仕事帰りに連れられ、松山さんの彼女の部屋に行ったことがある。
たぶん松山さんと同年代の25歳位の方だったと思う。ハタチほどの我輩にとっては松山さんに対してと同様、はるか年上の人に感じられた。
当時、そんな年上の人は「女性」というより「お姉さん」といった感じで、いま思えば優しい雰囲気の我輩好みの人だった。
仕事終えての深夜の訪問ゆえ彼女も夜の仕事をしていたのかも知れないが詳しいことはもう忘れてしまった。ただ彼女は少し難聴気味だと松山さんから聞いていた。
我輩は「いい人ですやん、いい人ですやん」と松山さんと彼女の関係が続くよう後押ししたけれど、松山さんは次第にマコちゃんに心が傾斜していってしまった。酔って我輩を部屋に引き入れようとする、若いのに店の中年客を手玉に取るようなマコちゃんの方に・・・。

いつしか松山さんとマコちゃんは住んでいたアパート引き払い、松山さんのキャバレー時代の友人だという夫婦の家に二人して居候するまでになっていた。金に困っていたんだろうか、派手好きなマコちゃん相手なんだから。そしてマコちゃんに対する愚痴も多くなっていった。
ある時など松山さん、「スミちゃん、入れ墨入れようと思う。”マコ命”って二の腕に」などと言い出し、「辞めて下さい!辞めて下さい!」と、あんな女のためになどと口にはできなかったけれど必死で止めたこともあった。が結局、「入れかけたけど痛すぎてヤメた」と。

★「皮」の恋

でもこの年になると25歳ほどの若い松山さんの気持ちがよっく分かる。「異性に狂う」というどうしようもない人間の性が。恋は精神病の一種と言うけれど、これはホントだ。
美しく描かれた恋愛映画の世界はしょせん虚構、虚像。
女は、女の皮をかぶっただけの、我ら男と変わらぬ生き物。
その男にしても気の合わぬタイプがいかに多いかを考えると、うわべの顔やスタイルといった「皮」に惑わされる恋など愚の骨頂。男も女も性根を見極めることが大事なんだろうと、この年になって思い知る(手遅れだけど)。

★崩壊

そして「さっぽろ」崩壊の日が突然やってきた。

日曜休みの夜、松山さんが突然自宅に訪ねてきた。そして言った。
「スミちゃん、わし、マコと愛媛の田舎に逃げる。店の鍵渡すからあしたから店開けてくれ。頼む」と。

松山さんは社長やママに何も告げず姿を消した。
店に借金でもあったんだろうか・・・その前に先輩のバーテンダー・オダさんも辞めており、今までの三人体制から急に我輩だけに。
たった一人での開店、仕入れ、ドリンク作りから調理、接客、店の清掃、閉店業務まですべてを切り盛りせねばならなくなったのだ。

で、以前の豆菓子製造工場バイトで知り合い友人となった同年代のIをバーテンとして引き入れたものの、教えを請う人もいず仕事への張り合いが急速に薄れていった。
そして松山さんのいう「この商売、3年以上携わるとバカになる」意識芽生え始めたとき、この連載「ヤクザ屋さん」の章で、バンドマン清水さんの一面垣間見てしまったその人から、「スミちゃん、今度梅田に店だす。任せるから来てくれへんか」との誘いが・・・で、心機一転とばかりに、松山さん同様Iに店の鍵渡し、我輩もさっぽろを去ったのだった・・・。

★その後・・・

こうして一年余りもかかった不定期連載「実録 / さっぽろの夜」の話は終りとなる。

清水さんの新店のこと、花見小路の店のことなどその後の余談あるけれども、さっぽろに関してのみ付け加えるならば、後年、サラリーマンとなった我輩、阿倍野筋でばったりマコちゃんに出会ったことがある。
腕を組んでいた中年男は松山さんではなかった。マコちゃんはホステス稼業を続けていた。松山さんとはとっくに別れたと笑いながら言った。

その後、停滞中の新御堂を社用車運転しているときのことだ。
直前の車の運転席の男性、助手席の男と談笑しているその横顔、笑顔、髪型、黒服が松山さんそっくりで、あれは松山さんではなかったかと今でも思っている。

仲の良かったIとはさっぽろ辞めた夜に御堂さんとともに呑み、ささいな事で喧嘩別れしてしまった。我輩が悪いのだけど。
後日我輩の自宅付近をトボトボ歩いているのをバスの車窓から見かけたことがある。我が家を訪ねてくれたのかもしれない。
この連載中、御堂さんの店で二人して「Iに電話してみようか」と話したこともあったけれど、個人情報うんぬんのバカげた規制のおかげでそんな個人電話帳すらこの時代、家庭からは消え失せてしまっていた・・・。

在日半島人の社長とは我孫子の商店街雑踏の中ですれ違ったことがある。先方は気が付かなかったけれど。
浅香山の社長邸宅はとうに取り壊され何軒かの商店になっている。何年か前に車で通りかかった堺の裏通りに本業の鉄工所はまだあった。
さっぽろの店はもうとっくに閉店している・・・。

「実録 / さっぽろの夜」完

<戻る>