461「高野山たどり着き隊物語G」(さらなる番外篇)

7.31.wed/2019

★「やすらぎの」

放映中のテレビ番組、倉本聰脚本「やすらぎの刻〜道」でのセリフに、「視聴率二位が『やすらぎの刻』だ」「じゃあ、一位は?」 「『ポツンと一軒家』」 というやり取りが。

※往年の芸能人らが入居する老人ホーム舞台の「やすらぎ」シリーズ、倉本ファンゆえ前作「やすらぎの郷」から観続けている。
今回の「やすらぎの刻」、石坂浩二演ずる主人公の脚本家が劇中書きすすめる「道」と題した作品が劇中劇としてホームでのドラマと並行して描かれている。
・・・のだけれど、素人目にも、倉本さんうるさいはずの時代考証が「?」
戦時中の小作農一家のドラマなのに、毎度こざっぱりしすぎる服装。当時あったのだろうかのカラータオル首に巻き、農道はコンクリート舗装。我が生誕の高野山の村では1950年代、村に一台しかなかった自転車がこの貧乏一家には少なくとも二台・・・物語自体も新味に乏しく役者も魅力なしの、倉本ドラマとは思えずの出来。
が、観続けないと交互に描かれるホーム舞台のドラマを見逃してしまう。
その現段階のドラマ、元大女優が付き人(いしだあゆみ)従え入居してくる。が、その役柄に似合わぬ小太りのなんの魅力もない見知らぬ方がその大女優を演じている。彼女は100円ショップでの万引常習犯という設定でこれは見ごたえあり。最近、その役者さんがかつての銀幕スター大空真弓さんだと知った。あの大空さんがまるでの別人だった・・・。

★「ポツンと」

で今回は、前述「ポツンと一軒家」の話である。
5月26日放映。舞台は和歌山県。
和歌山県人としては興味しんしん。
冒頭、弘法大師が衣を干したという御衣干岩(おころもほしいわ)が紹介される。
「え!」
我輩の知るそれは、高野山に向かう大師が休憩したという腰掛岩の場所ではないか。
御衣干岩を管理するという元宮大工「ハシヅメ」さんが、例によっての衛星写真確認。
「え!」

最近知った。
我が祖母はもとはハシヅメ家の人間だと。そして、そのハシヅメ家は村の入口にあると。
「そうか!村の入口とはこの腰掛岩の場所から村に向かう、かつて大師が高野山に向かったといわれるこの山道の入り口のことだったのか!で、この方は親族なんだ、我輩の知る親戚筋の顔立ちじゃあないけれど・・・」
その道たどれば、廃村と化したはずの祖父の村に行き着くのだ。が、村に通ずるもう一本の山道、奥の院からの道沿いにある家をハシヅメ家と思い込んでいた我輩、この番組で「ハシヅメ家」の本来の所在知ることに。

もしかすると今回の「ポツンと」は、10年前に記したあの144〜149、203の「高野山たどり着き隊物語」舞台の「摩尼の集落」なのだろうか?「番組史上最も険しい道」という今回の謳い文句にも当てはまるし・・・いや、当時あの村には一軒だけ本家の方が住まわれていたけれど、周りには廃屋が何軒もあるゆえ「ポツンと」ではない?でも知ってる場所が出てくるかも!とこれは期待。

★「!」

取材班はハシヅメさん示した現地へ。
が、たどり着いた場所は「ポツンと」ではなく、我輩知らぬ無人の集落。
次に向かった目的地は、廃屋・・・。

「ならば」とハシヅメさん紹介の別場所へ、取材班。
「おっ、この曲がり角は!」と我輩。
そして見覚えある細く険しい山道!
取材班「かつてない山道です!」
行き着いたのは、我輩がハシヅメ家と思い込んでいた、摩尼の集落入り口の一軒家・・・。

番組では、最近村に戻ってきたというその家の住人、70代男性の幼少時や成人時の村人たちとの集合写真も映し出されていた。小さな村ゆえ、その写真には若き頃の亡き祖父母、叔父や叔母も写っているはず?村出身の母に見せてやりたい・・・。

なるほど、こうしてこの番組は作られるのか。
この屋のすぐ側に村の墓地があり、続いて廃屋ふくめ数件の家屋があるのだが、衛星写真ではその存在部分は映されてはいなかった。この地、ただ一軒の「ポツンと一軒家」ですよ〜の見せ方だった・・・。

※今回のその一軒家、後日聞くところによると亡き祖父の父、我らからいうと曽祖父の家だという。が、その家の住人も親戚筋の顔立ちではなかった・・・。
番組でも映し出されていたけれど、その家の横の小さな谷川に「瑠璃の滝」という看板が立てられている。むかし叔母が「こんなん立ててッ」と愚痴っていたのも思い出した。名が大げさか意味不明だったからだろうか?

「高野山たどり着き隊物語G」(さらなる番外篇)完

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