530「黄昏の怪」

8.18.水/2021

★黄昏どきに

仕事のことで知りたいことがあり、同僚先輩の所在を受付女史に尋ねた。
「屋上の掃除に行ってますよ」

屋上といっても平屋の屋上だ。
が、ホールを有しているため通常の二階建てほどの高さの屋上だ。
建屋の横手に回る。
地上2メートルほどの高さから屋上までの壁面に梯子が設けられている。
その梯子の下に脚立が置かれていた。
ここから屋上に上がったのだ。
下から声をかけてみた。
返事がない。
脚立の途中まで足をかけ呼んでみる。
返事がない。
屋上まで登ってみようかと思った。
けれども病の後遺症で足が少し不自由な我輩には危なっかしいか(※1)。
脚立から降り、後退りして屋上を見上げた。
そこからだと上の様子はわからない。
建屋敷地裏の、日ごろ誰も立ち入らぬ小道まで離れて見上げた。
しかし、屋上のエアコン室外機数台が邪魔で奥が見通せない。
その私のすぐそばでは撒水器が静かに芝生を濡らし続けていた・・・。

★苔むした小道

撒水器の飛沫を避けて私が立つ小道は幅1メートルほど。
コンクリートで舗装されている。
が、苔むし、枯れ枝も散乱している。
その小道は施設に隣接する校舎裏側へと曲がりくねって続いている。
小道の片側は下り急斜面の森だ。
樹々の向こうも斜面の下も見通せないほどの深い森だ。
もう片側は私が小道に入った箇所以外、建屋敷地と小道を隔てる金網のフェンスが設けられている。
そのフェンスは小道の先まで連なっているようだ。

森の向こう側や斜面の下はどうなっているのだろう。
さらに森が続いているのか。
それとも・・・。
この小道の先はどうなっているのだろう。
閉鎖されていると聞いたことがあるが・・・。

★小道の先

小道の先を確かめたくなった。
日曜の黄昏どき。
仕事先の建屋はひっそりと静まり返っている。
隣接する校舎も休日ゆえ人の気配がない。
ヒグラシの鳴き声だけがかすかに聞こえる静かな道だ。
静かすぎる道だ。

歩き始めた。
遊歩道にでもすれば良いのにと思えるほど、その小道とフェンスは先へ先へと続いている。
こんなところで倒れたなら発見されるまで時間がかかるだろうなと思いながら先へ・・・と、フェンスが途切れた。
人気のない学校の運動場のはずれだった。

目の前に胸の高さほどの鉄格子の扉が行く手を遮っていた。
南京錠がかけられている。
その向こうには道をはさんで民家の勝手口が見える。

鉄格子の外側にプラスチックの小さな白板がかけられていた。
身を乗り出し白板に書かれたかすれた文字をみる。
「キケン。注意」。
なにが危険なのだろう。
と、身を乗り出した左手のすぐそばに石段があるのに気づいた。
歩き始めたとき思った、斜面の下の方はどうなっているのかというその答えを教えてくれるかのように、下へとつづく石段が。
山の狭間に作られた、鬱蒼とした樹々に覆われた石段だ。
さらに身を乗り出してみても石段の先は薄暗く、見通せない。

★暗い古階段

勤務が終わり、バイクでのいつもの帰り道を変更した。
鉄格子の扉のところへとバイクを走らせる。
人気のない休日の住宅街の一隅、あの鉄格子前にバイクを停める。
仕事道具のバッグをバイクに残し、石段の上に立つ。
石段の幅は2メートル強ほど。
勾配の急な石段だ。
見下ろすと数段先で右に折れ曲がっている。
さらに薄暗く、その先は見通せない。

その石段を降り始める。
右に曲がると今度はすぐ左に曲がっている。
下るに従って両脇の樹々の枝がさらに覆いかぶさってくる。
まだ先が見通せない。

石段は日頃使われていないのか、あの小道同様、枯れ枝が散乱し、土砂も流れ込み古びてもいる。
急勾配のためか、角度を幾度も左右に変える石段を下っていると不安になってきた。
どこまで続くのか。
どこに行き着くのか。
バイクに残してきた私物のバッグのことも心配になってきた。

と、下方が見渡せる場所に行き着いた。
見えるといっても樹々に囲まれ覆われた狭い空間だ。
そこに黒の軽ワゴン車が停まっているのがみえる。
車の横に民家の屋根の一部もみえる。
私有地なんだろうか。
石段の右側に立て札があった。
「立ち入り禁止」とでも書かれているのか。
こんな石段のある家って・・・。

★そしての、現実

現実に引き戻された。
札には「まむし注意」と書かれていた。

その、古民家でもない普通の住宅はというと、降りてきた石段のある山、家の背後の山、細い道を挟んだ向かい側の山の三方に囲まれた鬱々とした場所に建ってはいたけれどその先は・・・急に視野が開け、いまだ明るい夕空の下、数軒の近代的住宅が建ち並んでいた・・・。

なんという町なんだろう。
最初の家の玄関口の住所表示で町名確認しようとしたけれど、表示なし。
ゆえに町の名は不明。
スマホでもあれば即解決だろうけど、我輩はいまだガラケー。
戦後生まれの昭和懐古派の我輩にとってはパソコンも携帯も必要悪物品でしかない。
住宅の玄関口に佇んでると不審者と思われるッと、あわてて背を向けた。

背を向けると、ゾッとするほどの高さの山肌にへばりついた先ほどの長い急勾配の石段が目に入った。
ここをいまから戻るのかよと、大ムカデ階段とでも呼びたくなるほどのおぞましさを感じた。
と、思った途端、バイクに置いてきたバッグに財布が入ったままなのに気づいた。
いつもは上着のポケットなのに・・・あわてて石段に足をかけた。

★さらなる、現実

帰りに段数数えてみると、215段だった。
215段・・・それも急勾配の。

あいかわらずこんな時刻までに食したのは、朝から小さな菓子パン一個。
それでもあいかわらず空腹感なし。
病でのそんな後遺症いまだになのに、リハビリ兼ねた3時間半ぶっ通しの肉体労働こなしてからの急勾配の石段登り降り・・・で、登り後半疲れ果て、段数数え間違って、もっとあったかもの、215段?

這うようにしてたどり着いた鉄格子扉前。
そこで石段降りようとしている男性とすれ違った。サラリーマン風の。
で、さらに現実に引き戻され・・・。

鉄格子の白板、あらためて読むと、「キケン。注意」じゃなくって「チカン。注意。公園管理課」だった・・・。
公園って、あの閉鎖中の小道がかよ?
それとも、公園とはとても思えぬこの石段がかよ?
屋上からの返答なき先輩は、屋上排水口に溜まった枯れ葉除去に夢中で、我が呼びかけに「聞こえんかったわ」。

★終わり

怪異、異次元、異界、いっつも期待。
そしていつも裏切られるいい年した我が幼稚さに、もうウンザリ(※2)。
こんな性癖、あまり人に知られたくないなと思いつつ、またこんなコトを記している・・・『夏のゆふべ、羅馬の郊外カンパニヤの大野のはて、蒼然たる暮色に包まれた野も丘も、すべては静かで寂しかった』とのブラウニングの詩の一節思い出しつつの出発が、終わりはマンガの『おそ松くん』・・・。

※1「病」のことは、315「恐るべき空白」参照。
※2 ま、これが「絶対に」と断言できぬことがあるから期待してしまうのだ。
「山は異界への扉が開くところ」「山は古来、あの世とこの世の境い目。日本の山には目に見えない何かがいる」「日本には四種類の他界がある。天上他界、地下他界、海中他界、そして人が最も迷い込みやすい山中他界」といわれるように・・・149「高野山たどり着き隊物語D」での我が怪異実体験、熊狩り猟師の日常描いたとあるノンフィクション本には、山奥での野宿中、深夜に猟犬がけたたましく吠える声で目覚めると、木々の間に「闇夜より暗いモノ」が・・・という、サラリと書かれた、でも「なんだったんだ!?」といまでも気になる一節もあり、自然界での怪異は我輩「有り得る」派ゆえ。

「黄昏の怪?」(?をつけるのが正しかった・・・)完

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