554「春のひととき D」(お二人目の、久しぶり!)

05.10.火/2022

★30年ぶりのK・RクンはB型。

「会えぬ友」のことを記した548「12/28/2021」での高校時代の友人Kが和歌山からやってきた。
手土産に、酒の肴にと懐かしき南紀名産「なんば焼き」と「うつぼ揚煮」ぶら下げて。
でもその日、我輩の精神状態、少々変だった。
というのも・・・

夕刻、地元の私駅改札口で会うことになっていた。
夜の天気予報が雨とのことで、あとから思えばバイク使わずバス利用にしたのは正解の、夜半大雨。

なんだけど、待ち合わせの駅への16時42分発のバスに乗ろうとバス停に向かっていると、メール着信。
Kから「着きました!」と。
我輩「早いやんけ!」と返信しようとして、ハッとした。
そういえば、待ち合わせ、16時半だった!
なのにその時刻に家を出ていて・・・。

思うに、これまでの呑み仲間との待ち合わせは毎回17時。
酒場が開く時刻の。
我輩が真に目覚める夕暮れ時の。
昼間、16時半待ち合わせの意識持ち続けていたにもかかわらず、その17時という時刻が身に染み付いてしまってて・・・意識と行動の乖離であった。
待ち合わせの二駅先までの直通バスがたまたまあったから良かったものの、下手すればバス、電車乗り継いでの一時間もの遅刻となるところ。

慌てて「遅れる」メール。
送信してとりあえず、ホッ。
そしてのバスに乗った瞬間、またもや、ハッ!
財布がなかった。
家の玄関に置き忘れてきてしまった・・・でも、キャッシュカードがある!
ATMで下ろせばいいわ、でホッ。
あ、カードは忘れた財布の中・・・。
幸い手元にピタパカードあったゆえバス賃は払えるものの、何十年かぶりに会う友人に呑み代貸してなんて・・・会わぬ間に落ちぶれて寸借詐欺師に成り下がったか、タダ酒求めるアル中男に成り果てたかと思われたら・・・ああ、どうしょ?

でも、そんな苦脳は一瞬のこと。
一瞬でも異常に焦ったけれど。
というのも、ウエストポーチ内に、常に1万円札忍ばせてあるのを思い出して。
なにかの時にとのソレが、生まれて初めて役立って、ホッ。
抜けてるようで抜けていないのだ、我輩。
・・・いや、抜けてるゆえのことなのか?

17時3分、再会す。
ベンチに座っている大柄の男、マスク姿だけどKだと直感。
そのマスク外させると、街ですれちがってもわからぬかもの変貌ぶり。
太って、昔と変わらぬ髪型ながら、それは無残にも薄くなり・・・。

そのKいわく「墨丸オープン時に店に行った以来やから30年ぶり!」
でも我輩、Kが店に来たということまったく覚えていず。
我輩の最後に会った記憶は、20代後半だったか、Kと大阪阿倍野筋で呑んだ夜更け、天王寺駅に向かって歩いていたときの40年ほど前のこと。
そんな時刻ともなると辺りは閑散としていた時代。
と、行く手に明かりの灯った立て看板が・・・。
「あ、まだヤッてる店がある!」と近づくと、その看板には「乳の屋」という店名が。
ノーパン喫茶だった・・・。
Kにむりやりそこに連れ込まれ、それがノーパン喫茶、我輩最初で最後の経験。
そのことを、当地では数少ない行きつけの酒場「咲佑」で話すと、Kはそのこと、まるで覚えていなかった・・・。

そんなKの性癖知るゆえ、バツイチのKに「離婚したのは女でか?」と聞いた。
すると「耳のせい」だという。
幼児期の病気が原因で片耳の聴力がゼロになったという。
で、我輩などにははかりしれぬ、健常者との結婚相手との生活面での様々な問題が生じてだという。
我輩は高校1年時、同じクラスになったKが片方の耳が聞こえていないのにすぐ気づいた。全く聞こえぬとは知らなかったけれど。
が、その原因について尋ねたこともなく、気にもしていなかった。
Kは当時の我輩のそんな対応が嬉しかったと今回始めて聞かされた。
そして、映画の魅力を教えたのが我輩だったとも知らされた。
ショーン・コネリー主演の第4作「007サンダーボール作戦」を観に誘われ、続くマックイーン主演「砲艦サンパブロ」で映画ファンになったという。
我輩はノーパン喫茶の虜にはならなかったけど・・・。

耳が聴こえないというハンデあるにも関わらず、Kは我輩より学業優秀だった。
我輩は記憶にないが、我らのクラスは優秀な生徒が集められていたという。
どうりで我輩、皆についていけなかったはず。
Kが「演劇一筋やったからなぁ」というように我輩、級友に誘われてのクラブ活動の演劇に夢中になり、全授業は台本覚える時間と化し、ついには留年。
が、ソレを物ともせず恥とも思わずの演劇オンリーの4年間。
さらなるプラスの、年間百本の洋画鑑賞と教科書掲載紹介文学以外の翻訳小説という麻薬の虜となった4年間だったのだ。

その4年間、思えば一切勉強せず、現代国語以外の科目は万年最下位。
本来ならばさらなる留年だったろうにそんな前例なかったのか、お情けで卒業決まって担任が、「副級長が出るのに、級長の君は出らんのか」(級長らしきことなにもせずの、我輩なぜかの級長で)との担任のイヤミに、「出ますよ」のその弁論大会、我がテーマは「学生気質 カンニング論」という、カンニングを誘発させたとある英語教師(今やその方、著名人)の言動批判から始まる、後輩劣等生に伝授すべくの、調べ実践した古今東西のカンニング方法披露話。
でも、留年後に友がより多くできたのも不思議な話・・・。

ゆえにKに「なぜ大学に行かなかったのか」と聞くと、当時の大学講義はいまと違い、難聴者へのフォローが皆無だったゆえと・・・。
次回登場のI・Hクンからも幼少期の不運話を聞き、彼らに比べ我輩はるかに幸せだったと思い知らされた次第。

そんな懐かしき思い出話尽きず、遠方ゆえKの帰りの電車19時45分発乗車予定を延長。
本来なら我が家に一泊なんだけど、もう何十回目かの、我妻リ・フジンとの一年以上に及ぶ冷戦中で・・・。

で、我輩行きつけの二軒目「家庭料理 憩」へ。
私鉄二路線発着の駅だというのに、周辺でのお気に入り酒場は「咲佑」しかないという呪われた町でこの春、その店を見つけた。
数ヶ月に一度、その駅裏の眼科に通っている(その顛末話は380「露出した臓器の話」参照)。
その際、駅裏通りにある細い路地の奥の、元スナックの空き店舗に気づいていた。
駅チカゆえ、宝くじ当たれば「墨丸再興」の店候補と考えていた物件のひとつだ。
そこがこの春、眼科に訪れた際、新しい看板になっているのに気づいた。
我輩、店選びに「鼻が利く」ゆえ、眼科帰りに引き寄せられるようにその店に・・・。

ドアを開けると、左に小さなテーブル一卓。
右斜め正面に6席のカウンターという小さな店。
カウンター内にはマスク姿の小柄な女性がお一人。
お客はいず。
「いらっしゃいませ」
その一言の口調で呑兵衛の我輩、ソレだけで店の良し悪しわかるというもの。
で、今年1月にオープンしましたという女主人「中国の家庭料理ですが、よろしいですか?」と、少々たどたどしい口調で。
あ、中国人か。

・・・このご時世、韓国映画ドラマは観なくなり(映画「猟奇的な彼女」で韓国語好きになったのは遠い昔。いまや、ツバ吐き散らかすような喋り口調聞きたくもなく)、ロシア映画が描く正義や善は嘘くさく、中国映画は空気が漏れるような言葉が耳障りで観る気もしない、その中国人・・・。
そんな反中意識、すぐ消滅。
「すみさん、すみさん」との一生懸命風な呼びかけに、この店、断然気に入ってしまったのだ(香辛料の効いた無錫料理が我輩にとっては少々難だけど)。

で、この「お久しぶり!」シリーズには登場予定なしの、コロナ席巻以来会わずの、コロナ怖がり男の呑み友M氏に店からメール。
「また、いい店見つけた。飲みに出てこい」と。
そしての後日、当地にM氏来訪したけれど、その話はパス。

そうしてこの店で、B型とは思えぬKとさらなる空白の30年埋めるべく、呑み語らったのであった。
そして次に会うときには、共通の学友Hを探し出し、共に呑もうとなった。

ちなみに女主人のお名前は「呉 小菊」さん。
本人はその名前が恥ずかしいという。
で、我輩「菊さん」とお呼びしている。
中国読み名も教えてくれたが発音難しく、かつ忘れた。
年齢容姿はプライバシーに関するゆえ秘す。
あ、菊さんの血液型は?

「春のひととき」つづく

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